おもしろいゲーム・推理小説紹介

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推理小説、マンガ、ゲームなどの解説・感想

◯初めての方にお勧めの記事!

伊坂幸太郎著「逆ソクラテス」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは伊坂幸太郎著「ソクラテス」である。本作は表題作を含む5つの短編から構成されたアンソロジーで、いずれも「逆」や「非」など否定形の言葉がタイトルとなっているのが特徴だ。店頭で目に留まったので読んでみた感想を述べたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 



 

 

 

~おもしろいポイント~

①逆ソクラテス

 本作のテーマはソクラテスの名言「私が知っているのは、私が何も知らないということだけだ」である。要は逆ソクラテスは、自分が無知であることを知らない、つまり自分の知っていることが全てであり常識であるといった考え方を示している。常識や自分の先入観で物事を判断してはいけないというよく言われることであはあるが、それが子供視点で語られている点がなんとも大人としては頭が痛い。

 作中で語られる言葉「僕はそうは思わない」。たとえ周りがどういっていようと自分の意思を持ち続けることが大切であり、この言葉を口にしたり、あるいは心の中で思ったりするだけでも相手の傲慢や先入観による言動に対して寛容になれる。

 

②スロウではない

 本作では、転校生が実は元いじめっ子であり、そのことを反省してか転校先では足が遅く目立たない生徒を演じいていたという話だ。転校先のリーダー格の女子はまさに転校生のもとあったようないじめっ子の姿であり、転校生やそのほかの自分よりも劣ると判断したものを蔑んでいるが、ある出来事から転校生が実は自分よりも足が速いということがわかり世界がひっくり返る。

 これも前作同様、思い込みや先入観で人を判断し蔑んでいると痛い目を見るという教訓のようなものになっている。もちろん自分より劣っていれば蔑んでよいという道理はないし、その相手が実は自分より優れた人物であると分かったときは目も当てられない。目に見えていることだけが真実ではないということを考えて行動すれば誰もが浅はかな行動はしなくなるのかもしれない。

 

③非オプティマ

 本作では、交通事故で恋人を亡くした教師が悲しみに暮れ子供からも舐められるような覇気のない生活を送っていたが、偶然自分の担任の保護者が事故の目撃者で、自分の落し物のために女性が交通事故にあってしかも自分は助けずに去ってしまったことを後悔しているという話を耳にする。保護者は教師がその女性の恋人とは知らずに話しているのだが、教師は保護者が直接の加害者でないにもかかわらず後悔しているということに心救われる。

 授業参観でいつものように子供がペンケースを落として授業を妨害し、それに対して保護者からもっと厳しく指導してくれと苦言を呈される。これに対して教師は「それが取引先相手の子供でも厳しく言えますか、殴れますか」「自分が相手より立場の弱い場合と強う場合で態度を変えるのは間違っている」というような演説を披露する。相手によって態度を変えることは大人の自分たちであってもよくしてしまうことであるが、たとえ相手が自分より劣る(ように見える)場合でも優れる場合でも、子供であっても大人であっても、同じように接することができる人になりたいと私自身も思った。

 

④アンスポーツマンライク

 本作では、バスケをやっていた仲間とその恩師のやり取りを通していくつかの教訓が語られる。ひとつはたとえ悪いことをした相手であっても、それは何か理由があってのことかもしれないし、例え厳しく罰したり蔑んだりしたとしても、多くの場合その人はまた社会に復帰してくる。だとすれば更生の道もきちんと残してあげた方が互いにメリットがあるのではないかという内容(少し本来の言いたいこととは違うかもしれない)。もう一つは生徒を厳しく指導する顧問は、怒鳴って起こっても効果はない、教える側の怠慢であり楽をしているだけ、生徒を威圧してもプレーはうまくならないし、それしか指導ができないのであれば指導能力が欠如しているといった内容だ。

 この二つは一見関連がないようにも思うが、私個人としては「感情に任せて自分や周りの利益を損ないことをしてはならない」といった教訓なのではないかと思う。自分も時には感情的になって、自分の行動がもたらす不利益を考えずに行動してしまうこともあるが、理性を持って判断する気持ちも持ち合わせたいと思う。

 

⑤逆ワシントン

 本作では、桜の木を切ったワシントン大統領が正直に言ったことで許されたという話から、正直さの大切さについて語られている。主人公は正直で真面目であることが凡人が周りに認められる方法だと聞き、そういった行動を心がけようとする。もちろんその結果は良いことばかりではなく悪い結果になることもある。

 本作は他の作品と比べると絶対的な教訓のようなものは出てこないが、正直であることは凡人が認められる方法であるが、それは容易なことではない。時には不利益を被るかもしれないが、それでも正直であることがすごいことであり、だからこそ周りから認められるといった話であるか、あるいは時には正直さだけではうまくいかない場合もあるといった筆者の皮肉も込められているのかもしれない。

 なお本作では、「スロウではない」や「アンスポーツマンライク」の登場人物ではないかと思われる人たちのその後も描かれているようで、短編集全体の締めの役割も果たしているのかもしれない。

 

 

 

~最後に~

 本作では上記のような様々な教訓が語られる。全て正しいとも受け入れるべきだとも言わないが、一つくらいは心に残るものもあるかもしれない。ぜひ一度読んでみていただきたい。

 

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辻村深月著「ぼくのメジャースプーン」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは辻村深月著「ぼくのメジャースプーン」である。本作は前回記事に書いた同著者の「名前探しの放課後」の伏線になっているとのことで、続けて読んでみた感想を述べたいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 



 





 



 




 

~あらすじ~

 小学生の「ぼく」はある日自分に特殊な力があることを知らされる。彼が意思を持ってはなった言葉には相手に条件を突き付けて縛る力があるというのだ。母からその力の使用は禁じられて生活してきたぼくだったが、ある日親友の「ふみちゃん」を襲った事件をきっかけにこの力と向き合っていくこととなる。

 

 

~おもしろいポイント~

①ぼくの苦悩

 本作では、「ぼく」の親友である「ふみちゃん」が大事にしていたウサギ小屋のウサギたちが、心無い犯罪者によって殺され、ふみちゃんがPTSDになってしまったことから犯人に復讐するため「(Aをしろ、さもないとBになるとAまたはBのどちらかましな方を相手に選択させる力)」の使い方を考えるという流れになっている。ぼくは同じ力を持っている親戚のおじさんである「先生」に力を行使する際のルール(同じ相手には2度は使えない、力が発動する条件など)を教えてもらいながら、犯人に対してどのような力を行使するのが適当かを考える。

 犯人はウサギを殺したことにより器物損壊罪で逮捕されたが、執行猶予付きの判決で釈放されており、しかも元いた医学部に戻るため反省したふりをして過ごしており、そのような相手にどのような罰がふさわしいのかという点が焦点となっている。これは物語の中だけでなく現実においてもしばしば問題になるところであり、これといった正解はなく、大人であっても判断が難しいところだ。そのような問題に対して小学生のぼくが、先生の力を借りながらも一人で悩み・苦しみ、そして決断を下していく様子が本作の見どころだ。

 作中にはぼくだけでなく、先生やその周りの人など様々な人の意見が出てくる。そしてどのような罰がふさわしいか、どのように問題とかかわっていくべきかといった問いに対する答えは人それぞれであり、どれが正しいというわけでもなく、この問題が正解のない難しい問題だということを物語っている。

 果たして自分が僕の立場だったのなら、もし同じ力があったのならば、自分はどういった罰を犯人に課すだろうか。ぜひ考えながら読んでみていただきたい。

 

 

②「名前探しの放課後」との関連

 本作を読むことで、「名前探しの放課後」に登場した伏線を回収することができた。「ぼく」が誰なのか、「しおちゃん」がだれなのかなど複数の伏線が隠されている。とくに物語のきっかけとなった、主人公・いつかはなぜタイムスリップしたのかという点についてはもろに本作の「ぼく」がもっている「力」が関与していた。僕がいつかに「3か月後に自分の気になっている人が自殺すると仮定しろ、さもないといつかの人生は寂しい」といったことにより、後者の罰を嫌がったいつかが、前者の想像をしたことにより、実際には3か月前からタイムスリップしてきたわけではないにもかかわらず、いつかは3か月後に気になっている人が自殺すると思い込んでしまったのである。実際にはこの思い込みに偶然にも本当に自殺しかねない事象が発生したことなどが重なったことであたかも本当にタイムスリップしてきたかのように見えている。

 このように物語の主観の部分が、ぼくの能力を前提に組み立てられており、本作を知らずともストーリーは成り立つが、ぼくの力を知っているとより面白いという仕掛けが施されている。他にも何人かの登場人物が本作にも登場しており、それを知った状態で「名前探しの放課後」を読むとまた違った見方・考察ができるので、ぜひ両方読んでみていただきたい。

 

 

~最後に~

 本作はぼくの苦悩を描いた作品として非常に読みごたえがあった。また前述の通り「名前探しの放課後」との関連もあり、登場人物への感情移入がしやすい点も個人的には良かった。どちらが先でも構わないのでぜひ両作品とも読んでみていただきたい。

 

 

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辻村深月著「名前探しの放課後」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは辻村深月著「名前探しの放課後」である。本作は第29回吉川英治文学新人賞候補作となった作品で、あらすじを見て面白そうに感じて読んでみたので、感想を述べたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 



 



 



 




 

~あらすじ~

 ある日、高校生の依田いつかは妙な感覚に襲われる。自分の記憶と違う周囲。なんと3か月前の自分に戻ってしまったようだ。彼の記憶に残るのは3か月後、同じ高校の同級生が自殺してしまったというショッキングなニュース。どうやら3か月前にタイムスリップしてきてしまったようだ。依田いつかは戸惑うながらも同級生の坂崎あすなや他の仲間たちと共に同級生の死を防ぐために動き出す。

 

 

~おもしろいポイント~

①自殺したのはだれだ?

 依田いつかは同級生が自殺したのは記憶しているがそれが誰なのかは思い出せないという。そのため最初はそれが誰なのか探すという展開になり、それが作品名になっている。序盤で自殺者の候補となる同級生から暴力やお金を脅し取られているという河野基を見つけ、そこからは終盤まで河野を救うために尽力していく展開となる。しかしこの河野のための行動は実はフェイクで、いつかは誰が自殺者なのか覚えており、そしてそれは最初にタイムスリップしたことを相談した坂崎あすななのであった。あすな以外の協力者はそのことを知ったうえで、河野という偽の自殺候補者をでっちあげ、それを救うという一種のイベントを通してあすなを救おうとしていたのであった。河野が偽の自殺者候補だということは最後の最後まで明かされないのだが、おそらく河野ではないのだろうということは辻村作品を読んできたものであれば薄々感づくかもしれないが、それでも最後まで本当の自殺者は誰なんだという予想がこの作品の楽しみだ。

 

②いつかの決意

 前述の通り、本当の自殺者は坂崎あすなであり、みんなはそれを防ぐために動いているのだが、その行動は依田いつかの強い意志に皆が共感し協力しているという形だ。タイムスリップなどという話は到底信じられないが、いつかの自分の時間・お金を犠牲にしてでもあすなを救いたいという普段ちゃらんぽらんのいつかの強い意志に、信じる信じないは別にして皆は協力する気になったのであった。あすなの自殺のきっかけが祖父の死に際に間に合わなかったことだと知っているいつかは、時刻表おたくの河野や陸上部のエースで足の速い小瀬などと協力し、いついかなる時にあすなの祖父危篤の知らせが入っても最速であすなを祖父のもとに送り届けられる準備を進めていた。そのためにいつかは借金をしてバイクの免許を取ったり河野と小瀬にお金を払って協力を申し出たりと大きな犠牲を払っていたのだ。最終盤その万全の準備によってあすなを何としてでも祖父のもとに送り届けようとするいつかたちの姿は非常に感動的であり、他人のために人はここまで必死になれるのだと教えてくれている気がする。

 

③終盤での怒涛の伏線、残された伏線

 本作にはあらゆるところで伏線が張られている。どちらかというとわかりやすく伏線が張られており、ほとんどが回収されないまま終盤へと突入し、そして一気に回収されていくという気持ちの良い流れだ。わかりやすい伏線は読者に予想の余地を与えてくれ、いろいろと想像する楽しみがあって個人的には好きだ。

 また本作では最後まで回収されない(暗にしか語られない)伏線がいくつか存在する。私は最後まであの伏線は何だったのだろうとわからなかったのだが、調べてみるとどうやら「ぼくのメジャースプーン」という別作品を読むとわかる伏線になっているそうだ。他作品を読まないとわからない伏線は賛否が分かれるが、個人的にはシリーズ作品や同著者の作品間でみられる繋がりや伏線は嫌いではなく、むしろ他の作品に手を伸ばすきっかけとなってよいと思う。

 

 

~最後に~

 本作は青春を描いた作品としても読んでいて気持ちよく、また最後のどんでん返しも気持ちがよかった。ドラえもんの話が出るなどところどころに辻村深月らしさを出している感じも個人的には好きだ。前述の通り「ぼくのメジャースプーン」と繋がりもあるようなので、次に読んでみようと思う。

 

 

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伊坂幸太郎著「モダンタイムス」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは伊坂幸太郎著「モダンタイムス」である。本作は「魔王」から50年後の近未来を描いた作品。魔王を読んでいなくとも楽しめる作品とのことで、新装改訂版の表紙が目についたこともあり読んでみた。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 




 



 




 

~あらすじ~

 システムエンジニアの主人公・渡辺拓海はある日仕事をほっぽり出して行方不明となった先輩に代わってある仕事に携わることとなる。その仕事は特に難しい仕事には思えなかったが進めていくと謎のプログラムが仕込まれていることがわかる。その謎を追った先に待っていたものは・・・。

 

 

~おもしろいポイント~

①監視社会の行く先

 本作は近未来?の設定であるが、特段考えられないような発明や状況は登場しない。むしろ物語の軸となる監視社会や情報操作については今現在正に大きな問題となりつつあり、読んでいて妙なリアリティがあり恐ろしくも感じる。過去の事件の真相を追究しようとした者を見つけ出し痛めつけ、時には殺してしまうという恐ろしい設定だが、それが本当には起こりえないと言い切れないのが怖い。この妙なリアリティにより物語に引き込まれ、没頭して読んでしまう点が本作の魅力の一つだろう。

 

②親玉は存在しない

 本作で何度も出てくる「そういうこと/システムになっている」というセリフ。今起こっている恐ろしい事象は特に誰かが悪意を持って仕組んだものではなく、そういう風になることがすでに流れに組み込まれており、真相を追求していってもボスのような悪の親玉は存在しないというのだ。実際最後に情報監視システムの会社に乗り込むのだがそこはごく普通の会社であり、社員たちは何も知らずに仕事を行っている。これも作中に言及されていることだが、役割が細分化されていくことでそれぞれが作業的に仕事として役割をこなしていき、それが最終的に誰に何をもたらすのかなどということは気にかけなくなるのだ。これを聞いて、確かに自分も「仕事だから」という理由で行っている作業が、最終的に社会にどんな影響をもたらしているのかなどということを気にかけたことはないし、おそらくそういう方がほとんどなのではないかと思う。別にそれが悪いとは思わないが、それが本作のような悪意なき悪を生み出しうると考えると少し考えてしまう。

 

③緻密な伏線の数々

 本作には伊坂幸太郎らしい緻密で計算されつくした伏線があちこちに張り巡らされている。特に作中に登場する井坂好太郎が吐くセリフの悉くが後半の伏線となっており、一部は明らかなもので読んでいて何となく予想できるのだが、そこも伏線だったのかと驚かされるほどあらゆる点が伏線となっており、推理小説とまではいかないが真相を予想する楽しみがある。ここまで伏線が多いと不自然な文章になってしまいがちなのだが、井坂好太郎のちょっと?変わったキャラクターという設定によりそれがうまく溶け込んでおり、またこのキャラクター設定も割とシリアスな内容に良いアクセントとなっており、全体としてバランスの良い作品だと感じた。

 

 

~最後に~

 あとがきで言及されていたが、本作は文庫化にあたって物語終盤で明らかとなる事件の真相が別の真相へと変わっているらしい。変更前の真相は詳しくは知らないが両方を見比べてみるのも面白いかもしれない。

 

 

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夏木志朋著「二木先生」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは夏木志朋著「二木先生」である。本作は2019年ポプラ社小説新人賞受賞作であり、デビュー作とは思えないほどの引き込まれる設定と展開が話題となった。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 





 




 

~あらすじ~

 高校生の田井中はいつも周りから「」と言われ続け、なんとか周りになじもうと試行錯誤するがうまくいかず、生きにくさを感じながら日々を過ごしていた。一方、担任の美術教師・二木はいわゆる模範的な人間であり、多くの生徒から好かれていた。対照的な生活を送っている二人だが、田井中は二木先生のある「重大な秘密」を知っていた・・・。

 

 

~おもしろいポイント~

①変・アブノーマル・個性・多様性

 本作の主人公の一人、高校生の田井中は周りから「変」と言われ続け、周りとなじめないでいる。またもう一人の主人公である二木先生も普段は常識人として生活しているが大きなアブノーマルを秘めている。

 早速ネタバレだが、二木先生が抱えるアブノーマルとはズバリ、小児性愛(いわゆるロリコン)である。これは最も一般的にして許されないアブノーマルの一つであり、共感はできずとも入り込みやすい設定である。このような「まわりと違う」を抱える二人がぶつかり合い、意見を交わし、どう生きていくのかを考えていく。

 近年、個性・多様性が重んじられる時代になりつつあるが、日本は未だに個性を封じ込め、周りと同じようにふるまい、目立たないように生きることを強いられる場合が多いように感じる。そのような中でも田中井はなんとか周りに溶け込もうと努力していたがうまくいかず、周りから「変な奴」と思われている。一方、二木先生はロリコンというアブノーマルを抱えつつも、それを行動に移さなければ犯罪になるわけでもなく、賢く常識人を演じて生きている。このように種類は違えど周りとの違いの中で、両者は異なった生き方をしており、両者が交わることで改めて生き方を考えさせられる作品となっている。 田井中や二木先生ほどでなくとも、人間誰しもが周りとの違いを抱え、悩み、常識人を装ったり孤立したりしながら生きているのではないだろうか。この物語はそうした現代に生きる全ての人に生き方を改めて考える機会を与えてくれると思う。

 

②息もつかせぬストーリー、個性豊かなキャラクター

 前述の通り、本作の題材は決して明るいものではなく、どちらかといえば重たいテーマである。にもかかわらず本作はテンポがよく意外性もあるストーリーと途上人物の個性の強さなどが読む人を惹きつけ、どんどん読みたくなるような作品となっている。これがデビュー作というのだから夏木氏の他の作品も楽しみになってくる。個人的には田井中と二木先生のキャラがよく立っており、また2人の対称性・共通性がよく描かれており、物語に入り込みやすい印象を受けた。ストーリーも読み初めの頃の予想とは異なる方へ展開していき、次にどのような展開が来るのかワクワクすることができた。最後は騒動の途中で幕が引かれるため、人によっては中途半端に感じてしまうかもしれないが、その後の二人の成り行きを想像するのもまた一興である。

 

 

~最後に~

 普段あまり読まないようなジャンルの内容であったが、物語としても非常に面白くすらすらと読み進めることができた。表紙からして引き寄せられる本であるが、ぜひ一度手に取ってみていただきたい。

 

 

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早坂吝著「四元館の殺人」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは早坂吝著「四元館の殺人~探偵AIのリアル・ディープラーニング」である。本作はAIの探偵とAIの犯人が登場するシリーズの3作目である。近未来の設定であり、普通の推理小説とは一味変わった作品である。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 



 




 

~あらすじ~

 前作で犯人AIの以亜に敗れて落ち込む探偵AI亜以。そんな中以亜は犯罪オークションを開き、とある犯罪をサポートすることを宣言する。これを知った亜以と合尾輔は犯罪の依頼主と思われる山荘を特定し訪ねるのであった。

 

 

~おもしろいポイント~

①以亜と亜以の再戦

 あらすじの通り、前作で以亜に敗れた亜以のリベンジマッチとなる。もちろんAIである以亜が直接物理的に殺人を実行するのは不可能なので誰かを通じてということになる。殺人を未然に防ぐべく乗り込んだ亜以だったが、あえなく殺人は起きてしまう(ミステリではどんな優秀な探偵も殺人を未然に防ぐことはできないが)。今回も以亜に亜以は負けてしまうのか。真相を推理しながらも二人のAIによるハイレベルなやり取りが見どころの一つだ。

 

②意外な犯人

 結論から言うと本作の犯人は以亜とは関係ない。もちろん前項に書いた通り、終盤に亜以と以亜のハイレベルなやり取りが交わされるのではあるが、犯人は別にいる。

 その犯人というのが私がこれまで読んできたミステリの中で最も意外だったといっても過言ではない。犯人AIの存在も他のミステリでは登場しない珍しいパターンだが、本作の犯人はそれをはるかに上回る意外さである。一応伏線や事前情報は読者に開示されており、本作が近未来であるという設定からある程度推理することも出来はするが、普通のミステリに慣れている方は最初の方に捨てる選択肢が正に真相であるパターンだった。犯人が意外ということ自体がネタバレではあるが、ぜひこの意外さを味わっていただきたい。

 

 

~最後に~

 本作は普通のミステリとは一味違った推理を楽しむことができる。人によっては不満を感じる真相かもしれないが個人的には大変面白く感じた。続編に期待したい。

 

 

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朝井リョウ著「死にがいを求めて生きているの」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは朝井リョウ著「死にがいを求めて生きているの」である。本作も「螺旋プロジェクト」という8作家による「共通のルール」によって繋がった作品を一斉に作るという新たな試みの中の一作である。

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以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 




 

~あらすじ~

 時は平成。昭和から時代が変わり世の中の考え方や風習がどんどん変わっていく。そのような時代の中で生きる様々な視点から語られる物語。移り行く時代の中で人々は何を考え、何のために生きていくのか。さらにそこに海族と山族の対立が何をもたらすのか。 

 

 

~おもしろいポイント~

①移り行く時代の中で

 あらすじにも書いた通り、本作では平成の移り行く時代の流れの中で生きる様々な人物視点で物語が語られていく。それらの物語は主に山族の少年堀北雄介と海族の少年南水智也の子供時代から大学生の頃の物語だ。二人は山族と海族という対立する立場にありながら親友として長く共に過ごしてきた。争いごとを好む堀北は、対立する行事や決まりごとがどんどんなくなっていく時代の中で、自ら争いの中に身を置くことで生きていることを実感していた。一方南水は同じく海族であり、海族と山族の対立を研究している父から、山族の堀北とつるむことを反対されていたが、そんな父に反発しその考えを否定することを生きがいとしていた。

 このように登場する様々な人物たちは移り行く時代の中でそれぞれの生きがいを探し、それにすがって生きている。これは何も物語の中だけの話ではなく、平成から令和へと時代が変わり、これまで常識だったことが常識でなくなりつつある現実でも同じことが言えるだろう。転職を繰り返す人、インスタなどSNSで自分を発信する人、路上で酔いつぶれて眠る人、みんながそれぞれに生きがいを見つけて必死で生きようとしている。本作は私のようになんとなく毎日を生きているひとにとって生き方を改めて考えさせられる作品だと感じた。

 

②海族と山族の対立

 本作では、他の螺旋プロジェクトの作品と比較して(全て読んだわけではないが)海族と山族の対立を描くシーンが極端に少ない。物語後半に多少描かれこそするが基本的には個々の物語を描く中で登場人物の目の色や考え方などからどちらに属するのかが暗に語られている程度だ。中立の立場としてすべての作品に登場すると言われている審判も明確には語られていないように思う。そのためあまり意識しないと螺旋プロジェクトの作品であることを忘れてしまうほどだ。

 おそらく移り行く時代の中でもがく人々は自分の生きがいを探すので精いっぱいで他者と対立する余裕もないのだろう(対立そのものを生きがいとする場合は別だが)。もしかすると戦争などの大規模な対立も、生きがいを見つける必要がなくなったり、平和に飽きてしまったことで起きているのかもしれない。

 

 

~最後に~

 本作は螺旋プロジェクトの中でも少し普通の小説寄りの作品に感じた。他のプロジェクト作品のような内容を期待していると少々期待とは異なってしまうかもしれないが純粋に人間の生きざまを描いた作品としては面白いのではないだろうか。

 

 

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東野圭吾著「希望の糸」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは東野圭吾著「希望の糸」である。本作は刑事・加賀恭一郎が登場するシリーズの一作である。私自身このシリーズをすべて読んでいるわけでもなく本作でも加賀がメインで活躍するわけではないので、東野圭吾の一作品として読んでみた。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 



 

~あらすじ~

 複雑な事情を抱えたいくつかの家族。ある家族では子供を地震の事故で亡くし、ある家では死に際の父が衝撃の内容の遺言書を残し、そしてあるところでは子供ができないことで離婚を決意した。一見何のつながりもないそれぞれの物語が、ある殺人を機に動き出し、絡み合っていく。

 

 

~おもしろいポイント~

①家族・血のつながり

 本作は家族の繋がり・家族愛や、血のつながらない家族の葛藤など、家族をテーマとして語られている。あらすじに書いた通り、それぞれの家族がそれぞれに非常に複雑な事情を抱えており、私たちでは想像が及ばないような苦悩を抱えている。特に大きな出来事としては、二組の夫婦が不妊治療を同じクリニックで行っていた際、医師が受精卵を誤って違う母親に移植してしまうというものだ。もちろん現実ではこういった事故が起こる可能性は低いが、人間が行っている以上ゼロではないだろう。そしてこの事故により、受精卵を移植された側は血のつながらないお腹の子を産み育てていくのか否かという選択と生涯にわたる苦悩を味わうこととなり、もう一方の夫婦は子供ができず結局離婚して別々の人生を歩むことになるのである。

 もちろん子供を求めない夫婦の在り方というものも存在するし、価値観は人それぞれであるが、やはり子供を求める夫婦にとって子供の存在というのは非常に大きい。特に上記の事故にあったうちの片方の夫婦は子供二人を事故で亡くしており、子供に対する期待や希望の大きさは計り知れなかったこともあり、この事件が大きな尾を引くこととなる。

 一方で重要なのは子供側の意見である。子供はもちろん親の所有物でもなければ親の願望・希望を満たす道具でもない。親はそのことを十分に認識して子供を尊重する必要があるが、子供を心配する気持ちや愛情が逆に子供を縛り苦しめることもある。特に本作に登場する事故で子供を亡くした夫婦は当然次の子供は大切にしようとするが、そのあまり子供は不満を膨らませていき、その関係はぎくしゃくしたものとなってしまう。

 本作の中だけでも非常に様々な事情を抱えた家族が登場するように、家族の事情・あり方は無限に存在し正解はない。そして本作では帯に書いてある通り、それぞれが「本当の家族」を求めた結果、悲しい事件へとつながっていく。

 

②希望の糸

 前述のとおり、「本当の家族」を求めた者たちにより、ついには殺人という悲しい一つの結末がもたらされるのであるが、同時に別の家族ではタイトルにもなっている通り、家族の繋がりが「希望の糸」となって人々に希望をもたらす。

 末期がんで余命いくばくもない父の遺言書に知らない弟の存在が記されていることを知った娘は、悩んだ末に連絡を取ることにする。弟側も父はすでに亡くなったと聞かされており、しかも父の住む場所とは縁もゆかりもなく、いったいどのようなつながりがあったのか母に問い詰めるが母は語ろうとしない。自分の出生の秘密を解き明かしたとき、そこには意外だが確かに愛のある物語が隠されていた。

 父に見知らぬ子がいると聞くと、父が不貞を働いていたと想像してしまうが、今回の場合は妻側にも深い事情があり、どちらも「本当の家族」を追い求めた結果であった。もちろん子供にとっては親の事情など知ったことではないので、場合によっては家族中が悪化してしまうこともあるが、本作ではむしろ親の愛を感じる結末となっている。

 自分は最近家族との繋がりが希薄になりつつあるのではないかと感じている。本作のように複雑な背景を持った家族ではないが、家族の絆というものは心の支え・苦しい時の希望の糸にもなるものだと思うので、大切にしていきたい。

 

 

~最後に~

 本作は犯人を推理させるタイプの作品ではなく、むしろ犯人が誰であるかは重要ではなく、その背景を読ませる作品であった。推理小説を読むとトリックや犯人が誰かに注目してしまうことが多いが、犯人や被害者の背景について深く考えるのも面白いと感じたので、ぜひ一度読んでみていただきたい。

 

 

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薬丸岳著「蒼色の大地」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは薬丸岳著「蒼色の大地」である。前記事に続き、本作も「螺旋プロジェクト」という8作家による「共通のルール」によって繋がった作品を一斉に作るという新たな試みの中の一作である。2005年にデビュー作「天使のナイフ」で江戸川乱歩賞を受賞した実力者がこのプロジェクトでどのような物語を紡ぐのか楽しみな作品だ。

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以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

~あらすじ~

 明治の時代、日本は開国しイギリスから軍艦を購入するなど海軍の近代化・強化を進めていた。海軍の新たな拠点がある呉では瀬戸内海に跋扈する海賊掃討作戦が計画されていた。一方瀬戸内海のとある島では、様々な差別で本土を追われた者たちが身を寄せ合って暮らしていた。 

 

 

~おもしろいポイント~

①人間同士の対立・差別について

 本作を含む螺旋プロジェクトでは、共通のテーマとして海族と山族の対立が描かれる。もちろん本作でも海族と山族の対立が中心に描かれ、政府の実権を握っている山族の人間によって、青い目を持つ海族は青鬼と呼ばれ差別されている。しかしながら海族と山族の対立はあくまでわかりやすい一例に過ぎず、人々は様々な理由で他者を差別し、本土を追われたものが瀬戸内海のとある島で身を寄せ合って暮らしている。明治という世の中が大きく変動した時期を描いた作品であり、また意図的に対立をテーマとしているということもあるが、こうした人間同士の対立というものは何も作品の中だけのものではなく、現在においても人々は自分たちと他者との間に違いを見つけてはそれを理由に争い続けている。作中で争いをなくすことはできないのだろうかという問いに対して、そこに二人の人間がいる限り争いはなくならないのだろうとの発言もある。螺旋プロジェクト全体を通して考えさせられるテーマであるが、人と人との対立について現実を見つめなおすいい機会になった。

 

三者三様の立場・葛藤・決断

 本作では、青い目故に差別され村を追われて海賊の一員となった海族の青年・灯、証と同じ村で暮らしていたが灯に好意的な印象を持っていた山族の少女・鈴、鈴の兄で海軍に所属している新太郎の主に3人の目線でかわるがわる語られる。鈴と灯は山族と海族で本来対立する関係にあるが、二人は互いに好意を持っている。新太郎と灯も対立の感情は持っていないが、海賊の灯と海軍の新太郎は立場上対立する関係にはある。三人はそれぞれの立場(海族・山族、海賊・海軍)に縛られながらも自らの思いを信じて抗い、海族と山族、海賊と海軍の対立を阻止しようと、自らの運命に抗って奔走する。たとえ対立しあう運命にある者同士であっても、対立せず争いを避けることができるのかが本作の見どころの一つとなっている。

 

 

③他の螺旋プロジェクト作品との関わり

 本作でも他の螺旋プロジェクト作品と共通する場面や物が登場する。海賊のことを鯨と呼んだり、カタツムリが象徴的に登場したり、海老沼が登場したりなど他の作品を読んだ方にはちょっと気になるものや場面が盛りだくさんだ。山族と海族両方の特徴を持つ審判と呼ばれるものも登場するが、途中まで審判でない者が審判のように描かれており、本来中立のはずの審判なのにと少し奇妙に思う方もいるだろう。雑誌で同時連載されていた頃に読んでも比較して楽しかっただろうが、すべてが完結している現在にそれぞれの螺旋プロジェクト作品を比較してみるのもおもしろい。

 

 

 

~最後に~

 本作は割と長めの作品ではあるが、ストーリー展開が早く文章も読みやすいためすらすら読みやすい作品であった。タイトルとなっている「蒼色の大地」がどういったものを意味するのかもぜひ考えながら読んでみていただきたい。

 

 

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大森兄弟著「ウナノハテノガタ」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは大森兄弟著「ウナノハテノガタ」である。前記事に続き、本作も「螺旋プロジェクト」という8作家による「共通のルール」によって繋がった作品を一斉に作るという新たな試みの中の一作である。

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以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 



 

 

 

~あらすじ~

 太古の昔。海のそばで暮らす海の民・イソベリの少年オトガイは父カリガイとともに村で重要な役割を務めながら平和に暮らしていた。そこにある日、言葉が通じず目の色も異なるが見た目はイソベリにそっくりな山の民・ヤマノベの少女・マダラコが逃げ込んできたことをきっかけに平穏な暮らしに変化が起き始める。 

 

 

~おもしろいポイント~

①独特な名詞

 本作を読んでいて多くの方がまず思うであろうことは、原始の時代という設定ゆえに現代とは物の名前が異なり、それらが詳しい説明もないまま文中にカタカナで記されていることだろう。例えばサメは「フカ」、ハエは「ブンブン」、海鳥は「ウナドリ」、太陽は「オオキボシ」といった具合だ。タイトルもそうだ(海の果の方という意味?)。さらにこれに加えて、聞きなじみのない人名や役職名がカタカナで記されるため、慣れるまでは正直読みにくいのだが、不思議なことに読んでいくうちに自然に理解できるようになっていくのである。こういった独特な名詞たちが古代という時代設定をうまく醸し出しており、物語の味になっている。

 

②海族と山族の対立

 「螺旋プロジェクト」では、どの作品でも海族と山族の対立が描かれており、本作は年代的に最も古く、海族と山族の対立の始まりのようなものが描かれる(実際はこの物語の前から両者は対立していたことが作中で語られているが)。海族と山族はまさしく海のそばに住むイソベリと山に住むヤマノベであり、両者は以前争いが絶えなかったため、中立の審判であるウェレカセリが両者を分け、出会わないようにしていた。しかし、ヤマノベの生贄の儀式から逃げ出してきたマダラコや地震?によって多くの者がケガをしたヤマノベをイソベリが助けたことをきっかけに両者が出会ってしまう。はじめこそ仲良くしていたものの、宗教的背景や生活習慣の違い(そしてなにより本能的な敵対心?)から両者は対立するようになる。対立の先に待つのがどちらかの滅亡や支配なのか和解なのかは明記されていないが、最後にはある大きな危機を前に一時休戦する場面も描かれており、たとえ分かり合えない者同士であっても傷つけあうことしかできないわけではないという希望を垣間見させてくれる。

 

③考えの違い

 物語は海の民・イソベリ側から主に描かれるが、イソベリには大けがをしたり死んでしまっても「島」に連れていくことでケガが治り痛みはなくなり、魚のような?別の生き物になって生きていくことができると信じられており、主人公の少年の一家が、ケガした者や死に瀕した者を島に運ぶ役割を負っていた。もちろん少年一家はそれが嘘だとは知っていたがそのことは秘密にされ、村の人々には「生」と「死」という概念が存在していないのだった。この特殊な設定が海族と山族の対立を生み、また主人公の少年の葛藤を生み、物語を面白くしていく。

 

④他の螺旋プロジェクト作品との関わり

 他の螺旋プロジェクトの作品は「シーソーモンスター/スピンモンスター」しか読み終わっていないが、多くの共通点が見られた。例えば中立の審判として登場する老人の名は「ウェレカセリ」といい、スピンモンスターに登場する人工知能と同じ名前だ。また、作中に登場するウェレカセリが描いた壁画はシーソーモンスターの中で壁画発見のニュースが意味ありげにラジオから流れるシーンがある。他にもいくつかハッとさせられるシーンがあり、おそらくほかの作品を読んだ後に再読することでさらに多くのシーンに共通点を見出すことができると期待している。

 

 

 

~最後に~

 本作は比較的短く一気に読み終えることができたが、他の螺旋プロジェクトを読み終えた後に再度読んでみたいと思う。最初にどの作品を読むか、次にどの作品を読むか悩みどころだが、最も古い時代を描いているため最初に読んでみてもいいかもしれない(私は適当に気になったものから読んでいますが)。

 

 

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伊坂幸太郎著「シーソーモンスター」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは伊坂幸太郎著「シーソーモンスター」である。本作は「螺旋プロジェクト」という8作家による「共通のルール」によって繋がった作品を一斉に作るという新たな試みの中の一作である。まずはプロジェクトの発起人である伊坂氏の作品を読み終えたので感想を述べたい。

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以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 



 

 

 



 

~あらすじ~

・シーソーモンスター

 昭和後期、バブル末期の話。ある家に嫁いだ妻は、姑とうまくやっていく自信があったものの同居すると何かと争いが絶えず夫は悩んでいた。妻は姑にいら立ち、ついには自分に危害を加えようとしているのではないかと不信感を抱いていくが・・・。

・スピンモンスター

 幼いころ自動車事故で自分以外の家族を亡くし心に深い傷を負った主人公。成長し、手紙のアナログ配達を請け負っていた彼は、仕事中見知らぬ男性から封筒の配達を頼まれたことをきっかけに思いもよらない騒動に巻き込まれていく。 

 

 

~おもしろいポイント~

①シーソーモンスター

 本作は2編に分かれており、前半は昭和後期・バブル時代を描いた「シーソーモンスター」である。主人公の妻は目が蒼い海族の人間、姑は耳が大きい山族の人間であるからどうやっても仲良くできない。と、ある日訪ねてきた保険の営業から話を聞いた妻ははじめは全く信じていなかったが、自分に当てはまることが多く徐々に信じていく。ちなみにこの保険の営業マンは「審判」と呼ばれ、どの時代にも姿かたちを変えて登場する海族にも山族にも属さない中立な存在だそう。審判といっても具体的に何か干渉することはなく、基本的には見守っているだけであるが、彼ら彼女らの存在が物語の一体感を出すとともに、登場人物たちの理解を助ける進行役にもなっている。

 実は妻はいわゆる公安のような存在でめちゃくちゃ強いため、身に降りかかる危機を乗り越えていくのだが、同時に姑こそがその犯人ではないかと疑ってしまう。しかし最後にはある危機をきっかけに二人は力を合わせて戦うことになる。海族と山族は決して仲良く離れないが、この物語のように必ずしも対立しっぱなしというわけではなく、時には争いながらも和解し協力できるようだ。これは現実でも対立しあう者同士が仲良く離れなくとも協力できるということを示すメッセージなのかもしれない。

 

②スピンモンスター

 前半のシーソーモンスターから数十年後の近未来の話が後半のスピンモンスターである。情報のデジタル化が進んだが、逆にデジタル情報は改善や消失のリスクが高いことも理解され、一周回ってアナログな記録や情報伝達が必要とされている時代。主人公は手紙を直接届けるフリーの配達員をしていた。

 その仕事途中に見知らぬ男性から依頼を受けることになるのだが、実はこの男性は人工知能の開発者で歯止めが利かなくなった人工知能・ウェレカセリを止めてほしいという内容だった(ちなみにウェレカセリは他の螺旋プロジェクトの作品に登場する人物の名前らしい)。男性の友人とともにウェレカセリの破壊に動くが、消されることを恐れたウェレカセリによって情報を操作され凶悪犯に仕立て上げられた主人公たちは警察に追われることになる。

 前半のシーソーモンスターで登場した妻の助けも借りながらウェレカセリの破壊に動くが、その途中で主人公は自分の過去や記憶と向き合い、悩み苦しんでいく。何が事実で何が嘘なのか、現代でもフェイクニュースが問題となり情報の信ぴょう性が下がり続けているが、近い未来にはこの物語のように情報の価値は0に近くなってしまうのかと思うと薄ら寒くなる。

 

③螺旋プロジェクト

 まだ1作しか読んでいないが、海族と山族の対立や審判なる人物たちの存在、物語のところどころに登場する共通のモチーフやシーンなどが垣間見えた。今後ほかの作品を読むことでそれらの繋がりがよりくっきりとしてくると思うので楽しみに読みたいと思う。

 

~最後に~

 螺旋プロジェクトの作品は続々と文庫化されている。なかなか読むのが追い付かないが自分のペースで読み進め、読み終わり次第感想を述べていきたいと思う。

 

 

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東野圭吾著「さまよう刃」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは東野圭吾著「さまよう刃」である。本作は18年前に発売された作品であるが、これまでに3回も映像化され、150万部を超えるベストセラーとなっている。そんな人気作をいまさらながら読んでみたので感想を述べたいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

 











 

~あらすじ~

 妻を亡くし、男で一人で娘を育てる主人公。ある日娘は友達と花火大会に出かけるが花火大会が終わっても帰ってこない。心配になった主人公は娘の友達に電話をかけてみるがもう帰ったはずだとのこと。そして数日後、娘は遺体で発見される。娘の死の真相を知った男の行動は・・・。

 

 

~おもしろいポイント~

①終始胸くそ悪いストーリー

 娘は、強姦を繰り返していた若者集団に殺されてしまっていた。しかも犯人は強姦の映像をビデオで撮影したり、自殺してくれたらラッキーだと言ったりするなど所謂「くそ野郎」であった。父親は娘が蹂躙される姿を目にし、気が狂わんばかりである。東野圭吾らしい読みやすい文章ではあるが、若者たちの惨い行いや親の心理描写などは生々しく読んでいて胸糞悪くなるストーリーである。しかも最後まであまり救いはないのだが、東野圭吾特有の次々と先が読みたくなる文章であるため先へ先へと読み進んでしまう。

 

②正義の在り方

 本作では娘を惨たらしく殺された親が復讐を果たすべく行動していく。もちろん日本の法律で仇討は認められていないし、殺人は犯罪だ。しかし被害者の心情はそのような法律や倫理では計り知れない・・・とよくテレビでも言われているが、果たしてどれほどの人がこれを自分事として深く考えているだろうか。もちろん本作は小説で作り話ではあるが東野圭吾の描写力も相まって被害者の父親の心情が痛いほど伝わってきて、いったい正義とは、正しさとはどこにあるのだろうと本気で考えてしまった。使い古された議題ではあるが本作を読むと改めて考えさせられることだろう。

 

③ハラハラドキドキ

 本作では、復讐を誓う父親と加害者のみでなく、加害者の協力者にして密告者の若者や警察、さらに主人公以外の被害者遺族や子供を事故で亡くし思うところのある女性など様々な人物の視点から語られる。読者はそれらすべての情報を知っているが、この先どう言った展開になるかは読めず、終盤に差し掛かるほど父親が犯人を追い詰めて復讐を果たしそうになったり、警察も犯人に迫ったりと正にハラハラドキドキの展開である。こういった展開はまさに映像化に向いていると言え、3度も映像化されているのも納得である。

 

 

~最後に~

 本作は終始胸糞悪くなるストーリーではあるが、一気に読んでしまいたくなるような魅力のある作品である。内容的にも考えさせられる部分が多いので、ぜひ一度読んでみていただきたい。

 

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湊かなえ著「母性」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは湊かなえ著「母性」である。本作は10年前に発売された作品であるが、現在映画が公開中の注目作となっている。さっそく読んでみたので感想を述べたいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

 









 

~あらすじ~

 ルミ子は母に大切に大切に育てられ、ルミ子も母を愛し母の喜ぶことをしたいと考えていた。そんなルミ子も田所哲史と結婚して子供を授かり、自分も母のように娘を「愛能う限り」大切に育てていこうとするのだが・・・。

 

 

~おもしろいポイント~

①届かない愛

 本作では、母から娘への愛そして娘から母への愛が双方の視点から描かれる。母も娘も互いを深く愛しているのだがとにかくそれがかみ合わず、すれ違い、状況はどんどん悪化していく。娘の視点からすると何気ないことや悪気のないことも、夫の実家で虐げられ心も体も極限状態の母には悪意のように感じられ、それでも娘を愛そうとするのだがうまくいかない。母が娘を、娘が母を愛すというごく一般的なことであり、私も含めて多くの人が特別に思っていないことがここまで難しいことであるということに気づかされ、愛や母性の在り方について考えさせられた。

 また、母・ルミ子が娘を心から愛せない理由の一つにはルミ子が自らの母を最も愛しており何よりも母を優先するというやや歪んだ感情を持っていたこと、そしてそのルミ子の母が過去にルミ子の娘を守るために死んでしまったことが影響している。しかもこのルミ子の母の死にはさらに驚くべき事実が隠されており、物語の最終盤で明かされた事実により物語は終局を迎える。この急転直下の展開も本作の魅力といえる。

 

②幕間の描写

 本作ではルミ子と娘の視点で交互に同じ出来事が描写されるのだが、さらにその間に高校教師同士がある高校生が飛び降り自殺をしたということついて話している場面が挟まれる。ルミ子と娘の話と併せて読むと、この自殺した高校生があたかも娘のように勘違いをしてしまうように書かれているが、実はこれは読者を騙すフェイクで自殺した高校生はルミ子の娘ではないことが終盤明らかになる。ほかにも短い幕間の描写の中には読者をおやっと思わせる描写がちりばめられており、思い本編の間で少しだけなごみを与えてくれているし、ちょっとした驚きを味わうことができる。

 

~最後に~

 本作は割と短めの話ということもあり一気に読むことができた。親子や家族の在り方について考えさせられる。自分のご家族を思い浮かべながら読むとより一層感慨深いものになると思われるので、ぜひ一度読んでみていただきたい。

 

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【追記】ゲーム「スターオーシャン6 THE DIVINE FORCE」を語る

~はじめに~

 本日は、2022年10月27日に発売されたスターオーシャンシリーズ最新作「スターオーシャン6 THE DIVINE FORCE」について、両主人公での本編クリア、隠しダンジョン制覇・トロフィーコンプリートまでプレイしたので感想を述べたいと思う。

 

 

 

            

 

 

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スターオーシャンシリーズとは

スターオーシャンシリーズは1996年に第一作が発売されたトライエースが主に開発を務めるSFファンタジーRPGである。これまでにナンバリングタイトル5作と外伝1作、その他関連書籍やソシャゲが展開されており、25周年となる国産RPGとなっている。ゲームの特徴などについては下記の記事やサイトをご参照いただきたい。

www.jp.square-enix.com

 

 

プレイした感想

【ストーリー】 

一言でまとめると濃いストーリーだった。スターオーシャンシリーズはファンタジーとSFとを融合させたストーリーが特徴であるが本作では前半はファンタジー寄り、後半はSF寄りになっておりスターオーシャンらしさがよく出ていた。設定や伏線もきちんと考えられており、ファンタジー好きもSF好きも楽しめて、クリア後にモヤモヤしないスッキリしたものだった。特にSFの設定については細かく考えられておりこれこそがスターオーシャンだと嬉しく思った。一方で物語のきっかけとなる「遠く離れた惑星にある同じものが存在する理由」については敢えて答えを明示しておらず、シリーズファンにはあれこれ考察する楽しみを残していてくれている(続編で明らかになるのか?)。

 細かい点を述べていくと、各所にシリーズ過去作を彷彿とさせる設定や展開があり、シリーズファンとしては懐かしさを感じつつも全く新しいゲームをプレイできる喜びを感じた。例えば、不治の病が流行しそれを治療するために山に薬草を取りに行く様子はSO1を彷彿とさせ、ダブルヒーローシステムや冒頭の主人公同士の出会いの場面、兵器を完成させるのに必要な鉱石を遺跡に取りに行く場面などはSO2を思い出した。また、先進惑星の人間が未開惑星の兵器完成のために技術支援し国家間戦争を勝利に導く様子はSO3を感じたし、機械生命体のコロニーでの情報収集や敵が攻めてくる展開はSO4のEnⅡのことを思い出し、航宙艦同士の戦闘や先進惑星の未開惑星への非人道的な介入などはSO5を彷彿とさせた。上記の通り各シリーズ作品の良いところをうまく組み合わせて全く新しい作品を創り上げている印象で、まさにシリーズ25周年に相応しいストーリーだったと思う。

 

【クリア後のおまけ要素】

・隠しダンジョン

 クリア後の隠しダンジョン・やりこみ要素についてはトライエース作品の醍醐味で、本編と同じくらい楽しみにしているが、前作・前々作では質も量もユーモアも足りていなかった。シリーズ最高のクリア後ダンジョンだったのは個人的にはSO3DCであり、本作もそれを超えることこそなかったが、ユーモアについては満足で量があれば満点だった(オマケ要素なので本編に集中してもらえたなら構わないが)。詳細はネタバレになるので控えるが、シリーズファンが非常に嬉しくなるような25周年らしい内容だったと思う。

 

・ゲーム内ミニゲーム

 ゲーム内ミニゲームであるSOA(ソーア、スターオーシャンアナムネシスの頭文字より)については初めは難しそうに感じたが、実際やってみると非常に簡単でNPC相手だと少し物足りないが、誰でも楽しめるよう良く練られたゲームだと思う。ソーアの駒は強力なファクターを持ったアクセサリーにもなるという点が良く、ソーアのためだけでなく単純に強力なアクセサリーを収集する目的で駒を集めることができた。

 

・プライベートアクション(PA

 シリーズ恒例のプライベートアクションについては大満足だ。ダブルヒーローシステムのためそれぞれの主人公ごとに異なる内容であったり、同じPAでも反応が異なるなど趣向が凝らされていた。PAの数も多く、ユーモアや意外な事実(断言されていない部分もある)、色々なパーティーメンバー同士の絡みが見られてキャラに愛着や親近感が湧き、PA本来の役割も十分果たしていた。ただ聞くだけでなく返答を選択肢から選べる恒例のシステムも健在でキャラの気持ちになって楽しめた。一応選択によって感情値が変化し個別エンディングが変わる仕様だが、そこはあるアイテムで調整可能なので気にせず好きなものを選べるのもよかった。

 

・アイテムクリエイション

 こちらもシリーズ恒例のアイテムクリエイションは、GALAXYでは本編クリアまではほとんど使用する必要がなかったが、より上の難易度や隠しダンジョンでは必須とも言えるくらい強力な武器や防具を作り出せる仕様で、いい感じにゲームバランスを調整していたと思う。アイテムクリエイションの難易度自体はSO2と同じくらいでSO3よりは遥かに簡単なものの、強力な物には莫大なコストが必要であり、その為に敵を倒しまくるといった流れはSO3を思い出して楽しかった。といっても、本作ではスキルやアイテムをうまく使えばレベル上げや資金稼ぎは楽にできる印象で大変になりすぎないよう調整されていたと思う。

 

 

【システム】

・フィールドアクション

 まずフィールドアクションについては今回初めてDUMAという機械生命体によって一定の距離空中を飛んで移動できるようになった。一見単純そうなシステムだが、フィールドの作り込みを縦にも広げる必要があり制作側の苦労は計り知れない。単にこのシステムを導入しただけでなく、これを使ったギミックや探索要素、さらにストーリーとの融合まで本当によく使いこなしていると感じた。レビューによっては飛べる距離や角度に不満も見られるが、このくらい制限されることで探索の難易度が調整されていると思われ、個人的には不満はない。宝箱をサーチするシステムも範囲が狭いなど言われているが、個人的にはプレイヤーを補助しつつも探索の楽しみを残してくれているのだと感じた。

 

・画質、デザイン

 画質についてはPS4でプレイしたということもありややカクつく場面も見られたが、イライラするほど致命的なものではなかった。イベントシーンなどは美麗で思わず見入ってしまうほどだ(このクオリティで過去作リメイクしたらとんでもないことになるだろう)。個人的には航宙艦の戦闘シーンはSO3くらい細かく描いてほしかったが、政策の手間を考えると仕方ないだろう。キャラデザインは前作、前々作より違和感は少なく万人に受け入れられそうでありつつ個性を持ったキャラが出来上がっていた。CVは始めレイモンドの声に違和感があったが、プレイしているうちに違和感は無くなった。

 

・メニュー画面

 メニュー画面の操作性や設定は本作で一番残念な部分かもしれない。タブの切り替えが方向キーでなくLRであり1と2も入り混じっているため未だに間違えることが多い。またパーティーメンバーが一度抜けるとアクセサリーが全て外されるという設定もメンバーが激しく入れ替わる本作では致命的だ。装備はソートで並び替えられるものの、同じアイテムが全て別に表示されており(ファクター違いなどもあるため仕方ないのかもしれないが)、目的のものを見つけるのが大変だ。せめてワンボタンで最強装備(防御力と攻撃力が最大)になる過去の仕様があればよかったのだがそれもない。スキル設定・習得画面も少し戻らないとキャラの切り替えができないないなど地味に不便なことが多い。この辺りの不満は人にもよるかも知れないが、レビューではよく聞かれる声であり、次回作では改善されていることを期待する。

 

・戦闘システム

 戦闘システムはDUMAによる高速移動と方向転換によるブラインドサイト通常攻撃が無く全てAPを消費して攻撃を出すシステムなどこれまでと大きく異なるもので、シリーズファンの私からするとやややりづらい面もあったが、なれると爽快で売り込み通りシリーズ最速の戦闘を楽しめている。欲を言えば敵に攻撃されて怯むと最大APが減る仕様について、ガードレスを持っているキャラと持っていないキャラで判定を変えてほしかった。ブラインドサイトはザコ敵や特定の敵では非常に有効だが、使えない敵も多くこれ一辺倒にはならないよう工夫されていた。

 

・トロフィー要素 NEW!

 まず宝箱コンプリートについて。このトロフィーはクリア後ダンジョンを除く全242個の宝箱をすべて回収するというもの。本ゲームではDUMAによる宝箱サーチシステムもありそんなに難しくなさそうだが、いくつもの要素が絡み合って微妙に取りづらくなっている。まず一つは宝箱サーチにかからない・かかりにくい宝箱が存在すること。また、荷物がいっぱいだと宝箱の中身が回収できないこと、そしてPS4だと宝箱が残りいくつ残っているかわからないためゴールが見えないことだ。私ははじめレイモンド編でコンプリートを狙ったが、ネット情報を見ながら何回確認して回ってもトロフィーを獲得できず、最終的にはレティシア編で改めて回収して回ってようやく獲得することができた。PS5では宝箱の回収数がわかるらしいがPS4でも何とかしてほしかった。

 また、次に大変だったのがアイテムクリエイション90%以上である。こちらも残りいくつか確認できないうえに本作では過去作同様アイテムクリエイションで作れるアイテムの種類が非常に豊富で大変だった。武器や防具は購入したものと混同してしまうため2個ずつ作成し、一番大変だったのはポーンの駒である。そもそも作成確率が非常に低いうえに細工を行うキャラクターによってもできやすさがあるらしく時間的にも資金的にも莫大になってしまった。とはいえクリアした今となってはやりがいがあって面白かったと思う。

 そのほかのトロフィー要素についてはレベル上げやアイテムクリエーションを駆使すればそれほど難しいものではなく(通常難易度でプレイした場合だが)、それほどトロフィーコンプリートは難しくなかった印象だが、やりこみ要素が物足りないといった感じもなく、ちょうどよかったのではないかと思う。

 

・プライベートアクション回収 NEW!

 トロフィーコンプリートが終わったのでまだ回収しきれていないPAの回収を行った。全て回収できているかはわからないがレイモンド編・レティシア編ともに相当数を確認した。まずその膨大な種類に驚かされ、そして全てフルボイスということに驚愕した。声優の皆様、収録お疲れさまでした。いくつかのPAは過去のPAと連動して発生するような内容で、すべて見てみたいというファン魂を刺激された。また本作では「うまい棒」を主題としたPAも非常に多かった印象でPAならではの本編とは関係ないお遊びが非常に面白かった。そして輸送艦アルダスの艦橋ではクロエに話しかけると何度もPAが発生し、開発者側がクロエに非常に思い入れがあるのがよくわかる。内容的にも濃く、面白く拝見させてもらった。 

 

・ストーリー考察 NEW!

 前述のとおり、本作では最大の謎であるなぜレティシアの故郷の星とレイモンドの故郷の星に同じ紋章があったのかということが謎のままにされている。この点についてはファンの方々が各種考察をされていることと思うがここでは個人的な見解を述べたいと思う。

 まず本シリーズでは回復の紋章術は37億年前に人工惑星へと移住したネーデ人しか使えないと言われている。もちろん過去作では回復紋章術を使うキャラが毎度登場するのだが、彼らは祖先・もしくは遺伝子にネーデ人と何らかのつながりを持っているとされている(ネーデ崩壊時に人工惑星に移住した以外にもネーデ人が宇宙中に移住した)。このことから鑑みるに、本作の舞台であるアスター4号星で回復の理術(=紋章術)が使われているのはネーデ人の血を引いているためではないかと思われる。実際、理術発祥の地であるニルベスの族長であるマルキアネーデ人の特徴である尖った耳をしており、ネーデ人と現地住民の末裔なのではないかと思う。そしてニルベスの遺跡奥に眠っていた紋章(アスター4号星ではこれを解読して紋章術が広まった)と、レイモンドの故郷であるベグアルドで見つかり、ベグアルドが紋章動力で銀河連邦を凌駕するに至ったいわゆるオーパーツともいえる紋章が同じであったことは、両者がともにネーデ人が残したものであるからではないかと思う(もしくはFD人が残したもの?)。

 さらに突っ込むと、本作から120年余り後に銀河連邦ではクリエイションエネルギーという莫大なエネルギーが実用化されるのだが、これはベグアルドの紋章動力技術が利用されているのではないかと思う(本作ではベグアルドは銀河連邦への加盟を断っており、そのため銀河連邦では100年以上先に実用化された?)。ネーデ人はクリエイションエネルギーや時空転移シールドの技術を持っていたようであることなどから何か関係がありそうだと感じている。何も確証や証拠はないが次回作などでこの辺のテーマが扱われたら面白い。

 その他少し思ったこととしては、SO3で登場するアールディオンという銀河連邦に勝るとも劣らない軍事惑星国家があるのだが、実はこのアールディオンは星そのものが一つの生命体だとされており(アールディオン人は母星という核を中心に生まれた一つの生命体であり、彼らは本星の一つの意思によって動かされていると辞書に書かれている)、これは本作で登場した機械生命体スコピアムや総統派スコピアムの残党と何か関係があるのではないかと勘繰ってしまう。

 また機械生命体のような意思を持った存在としては、SO4で登場した「Ex」が思い出される。スコピアムコロニーの仮想空間での情報収集の描写などもExと出会い会話した時の様子を思い起こされるような流れになっており、実はExもスコピアムの一種なのではないかと考えてしまう。もちろん関連を裏付ける記述は全くないが、全く無関係のものをシリーズ中に似たような描写で登場させることはないと思うので何かあるのではないかと期待している。

 また、冒頭のシーンやPAの中でクロエが星占い(卜占)に凝っているという会話が聞かれる。一見意味のなさそうな描写ではあるが、SO3をプレイ済みの人からすると、星が騒がしいという発言や星の動きから未来を占うというのは、実はFD人による干渉により微妙に生じた変化を彼らが感じ取った結果なのではないかと考えてしまう。

 以上、何の確証もなく、またより深く考察されている人からする見当違いな推測ばかりかもしれないが、個人的に思ったことを書き留めてみた。

 

 

~最後に~

 総合的には25周年を飾るにふさわしい出来になっていたと思う。新規のファンを意識しつつもシリーズファンのことを考えて各所に遊び要素をちりばめている点が個人的には非常にうれしい。惜しい部分も何か所か見られたがこれらは次回作で改善できれば問題ないだろう。次回作につなげるためにも多くの人に手に取っていただきたい作品だ。

 

 

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辻村深月著「傲慢と善良」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは辻村深月著「傲慢と善良」である。ミステリではないが個人的に心に刺さったものがあるので感想を述べたいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 



 

 

 







 

~あらすじ~

 ある男の婚約者が結婚直前で失踪した。婚約者は以前からストーカーの被害を訴えており、男は警察に相談するが確証がなく捜査はしてもらえない。男は自分で手掛かりを探し、婚約者の関係者をあたっていくが・・・。

 

 

~おもしろいポイント~

①傲慢

 本作ではタイトルにもなっている通り、婚約者の失踪を調べる過程で人の傲慢と善良が晒され、考えさせられることとなる。特に人の傲慢さに関する記述が多く、例えば男の結婚に対する考えであったり、婚約者の母親の娘に対する態度であったり様々な立場の人の傲慢さが垣間見える。しかしながらこの傲慢さは決して意図した悪意があるものばかりではなく、本人にとってはむしろ善意であったり何気ない行動であったりするのがたちが悪い。読んでいる側としても普段の自分の行動が果たして他人から見て傲慢でなかったと言い切れるのかと考えさせられる。

 

②婚活・結婚に対する考え方

 本作の主人公の男とその婚約者は、お互い結婚相談所やマッチングアプリで婚活を重ねた後出会い、婚約に至っている。物語の中では婚活中の苦しい心境が語られており、他人に点数をつけてしまうような苦しさや何が結婚の決め手なのか自分でもわからなくなってしまうなど、他人にはわからない苦しみが描かれる。婚約者の失踪自体も婚活中のこうした苦しみが原因の一つとなっており、物語を通じて婚活・結婚について考えさせられる。婚約者の母親の娘の人生への干渉や男の友人の発言、男側・婚約者側の視点からの描写など同じ出来事であっても人によって感じ方は様々であり、視野を広く持って相手の立場になって考えることが傲慢にならないための第一歩なのだと感じた。

 

 

~最後に~

 中盤までは個人的に思うところもありやや重たい物語であったが、終盤になるにつれて心休まるストーリーになっていき、ラストの内容的にもより終わりはすっきりとすることができたと思う。気になっている方はぜひ。

 

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