綾辻行人著「黒猫館の殺人」感想(ネタバレ含む)
~はじめに~
このブログの記念すべき初の記事。推理小説は大好きだが、ハズレが多いのも事実。下記にこれまでに読んだ主要な小説を列挙するが、当たりはほんの一握りであった。
その中で、始めにご紹介するのは、綾辻行人著「黒猫館の殺人」である。
超有名な館シリーズの第6作目。1作目の「十角館の殺人」が紹介されることが多いが個人的には黒猫館が最も好みであったため、こちらを紹介させていただく。
*以下、盛大にネタバレを含むため、未読の方はご注意下さい。
これまでに読んだ主要な小説一覧(興味の無い方は読み飛ばしてください)
◯綾辻行人
- 十角館の殺人
- 水車館の殺人
- 迷路館の殺人
- 人形館の殺人
- 時計館の殺人
- 黒猫館の殺人
- 暗黒館の殺人
- びっくり館の殺人
- 奇面館の殺人
- 緋色の囁き
- 暗闇の囁き
- 黄昏の囁き
- 殺人方程式 切断された死体の問題
- Another
- Another エピソードS
- どんどん橋、落ちた
◯歌野晶午
- 長い家の殺人
- 白い家の殺人
- 動く家の殺人
- 密室殺人ゲーム王手飛車取り
- 密室殺人ゲーム2.0
- 密室殺人ゲーム・マニアックス
- 死体を買う男
- 葉桜の季節に君を想うということ
◯島田荘司
- 占星術殺人事件
- 斜め屋敷の犯罪
- 御手洗潔の挨拶
- 異邦の騎士
- 御手洗潔のダンス
- 暗闇坂の人喰いの木
- 水晶のピラミッド
- アトポス
- 御手洗潔のメロディ
- Pの密室
- 最後のディナー
- ロシア幽霊軍艦事件
- ネジ式ザゼツキー
- セントニコラスのダイヤモンドの靴
- 溺れる人魚
- UFO大通り
- リベルタスの寓話
- 御手洗潔と進々堂珈琲
- 星籠の海
- 屋上
- 御手洗潔の追憶
◯道尾秀介
◯有栖川有栖
- 月光ゲーム Yの悲劇'88
- 孤島パズル
- 双頭の悪魔
- 女王国の城
- 江神二郎の洞察
- 46番目の密室
- ブラジル蝶の謎
- 火村英生に捧げる犯罪
- 長い廊下がある家
- 鍵の掛かった男
◯伊坂幸太郎
- オーデュボンの祈り
- アヒルと鴨のコインロッカー
- 火星に住むつもりかい?
◯折原一
- 倒錯の死角
- 倒錯のロンド
- 倒錯の帰結
- 漂流者
- 遭難者
- 失踪者
- 逃亡者
- 潜伏者
◯西澤保彦
- 解体諸因
- 依存
- 転・送・密・室
- 完全無欠の名探偵
- 七回死んだ男
- 人格転移の殺人
- 死者は黄泉が得る
- 瞬間移動死体
- 複製症候群
- 聯愁殺
- 神のロジック 人間のマジック
◯東野圭吾
- 殺戮にいたる病 我孫子武丸
- 黒猫のデルタ 森博嗣
- 星を継ぐもの ジェイムズ・P・ホーガン
- 探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝
- 「アリス・ミラー城」殺人事件 北山猛邦
- イニシエーション・ラブ 乾くるみ
- 儚い羊たちの祝宴 米澤穂信
- 折れた竜骨 米澤穂信
- クラインの壺 岡嶋二人
- シャーロックホームズの事件簿他 コナン・ドイル
- そして誰もいなくなった アガサ・クリスティー
- 三毛猫ホームズの推理 赤川次郎
- 生ける屍の死 山口雅也
- クリムゾンの迷宮 貴志祐介
- 生首に聞いてみろ 法月綸太郎
- 翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件 麻耶雄嵩
- 黒いトランク 鮎川哲也
- 蝶々殺人事件 横溝正史
- 不連続殺人事件 坂口安吾
- 星降り山荘の殺人 倉知淳
~あらすじ~
黒猫館の管理人「鮎田冬馬」の手記と、1990年の江南孝明がその手記を読む章が交互に繰り返されながら、物語が進行していく。手記の内容は過去に黒猫館で起きた殺人事件の様子を語る物だった。江南の方でも鹿谷門実とともに手記を読み進め謎を解いていく。そして黒猫館に江南・鹿谷が辿り着いたとき、驚愕の事実が明らかになる!
感想
いきなり最大のネタバレをしますと、この小説の肝は叙述トリックです。館シリーズはいずれも、「館」の構造上の仕掛けと、叙述トリックから構成されるものが多いですが、特にこの「黒猫館の殺人」は叙述トリックが9割を占めると言っても過言ではありません。
叙述トリックについて
叙述トリックとは、筆者(今回の場合綾辻行人氏)が読者を騙すために地の文では嘘を言わず、読者の思い込みを誘導していくトリックです。叙述トリックにおいて重要なのは、読者に最後まで叙述トリックであると悟られないことはもちろんですが、私はそれ以上に①フェアであるか ②叙述トリックが事件の真相に深く関わっているか の2点が重要であると考えています。まず、①については推理小説では良く議論されることですが例え地の文で嘘を言っていなくても明らかに誤解を招くような表現や、例え登場人物のセリフであっても、合理的な理由なしに嘘の話をしていてはたとえ真相が分かっても納得がいかず驚きも半減してしまうと思います。②については、たとえ叙述トリックに読者が騙されたとしても、それが大して事件の真相に関与していなければ、「・・で?」となってしまします。そのため、叙述トリックによって隠されていた真実が分かった時、ドミノを倒すようにこれまでの複線が回収され、一気に真相に辿り着く、というのが叙述トリックの醍醐味だと私は考えています。
「黒猫館の殺人」における叙述トリック
上記の叙述トリックに重要な点が「黒猫館の殺人」では十分に満たされていると感じました。まず、①フェアであるかについてですが、手記なので地の文も含めて鮎田冬馬の目線で描かれているため、そこに嘘があったとしても文句は言えませんが、不自然な嘘は見られませんでした。また、後に回収される伏線もよく考えれば科学的に明らかに変であると分かる点ばかりであり、それを全く悟られないように自然な情景描写として記述している点は、秀逸としか言いようがありません。続いて、②叙述トリックが事件の真相に深く関与しているか、についてですが、これについても申し分ありません。叙述トリックが解けて明らかになる事実が、根底条件を覆し、これまで不可能だと思われていたことが可能だと分かり、そしてそれが事件の真相に繋がるというような見事な構成となっています。
最後に
大どんでん返しを謳う推理小説は数多くあれど、その多くが途中でネタが分かってしまったり、大して真相に意外性がなかったりする中で、この「黒猫館の殺人」は、叙述トリックを悟らせない巧みな文章と最後に待ち受ける文字通りスケールの大きな真相で必ずや読んだ人の期待を超えていってくれるでしょう。この記事を読んでから、間違い探し感覚で読んでみるのもまた一興でしょう。おそらく、いくつか不自然な点には気付かれることでしょう。しかしそこまで。60%の真相に辿り着いたとしても100%の真相に辿り着く方は少ないはずです。ぜひ挑戦してみて下さい。
ただしご注意を。これを超える叙述トリックにはなかなか出会えません