西澤保彦著「人格転移の殺人」感想(ネタバレ含む)
~はじめに~
本日ご紹介するのは、西澤保彦著「人格転移の殺人」である。西澤氏と言えばSF的設定を推理小説に持ち込んだSFミステリに定評があるが、本作はその代表作とも言える作品である。本日は、数ある西澤氏のSFミステリの中でも完成度の高い本作の魅力について語っていきたい。
以下、ネタバレを含みます。
未読の方はご注意下さい。
~あらすじ~
アメリカのある街を大地震がおそった。ファストフード店にいた人々が逃げ込んだ先は、アメリカの秘密組織が人格を入れ替える実験を行っている施設だった。人格が入れ替わってしまった彼らは隔離されてしまうが、そこで連続殺人が起こる。このような状況下で殺人を行う動機とは?殺人を行っている犯人(の人格)はだれ?
~おもしろいポイント~
①ありえない?いいえここではアリです。
本作最大の魅力はもちろん「人格転移」ルールである。西澤氏お得意の現実にはありえないSF的現象を明確なルールの下ミステリに組み込むというものだ。「人格転移」とは文字通り登場人物の人格(魂?意識?)が入れ代わり、他人の体に他人の人格が宿ると言うものだ。そして本作では、殺人犯が誰の人格なのか(誰の肉体かではなく)を推理するのだ。もちろん何もルールがなく人格転移が起きるのであれば犯人の人格を特定するのはほぼ不可能なのでそこには明確なルールがある。例えば人格転移の順番は施設に入った時の位置から時計回りで、1回につき一つずつスライドすることや、他人の人格が入っているときに殺されるとその人格は消滅し、その後は順番はそのままその死者を飛ばして人格が交代すること、そしてエピローグで明らかになる方法を除いては一度始まった人格転移を止めるすべはないことなどである。これらのルールを基に言動や行動から犯人を見つけ出すのである。ただ、より重要なのは犯人は誰なのかよりも、なぜ犯人はこのような状況下で犯行を行ったのかということであろう。ぜひその点まで考察してから解答編に進んでいただきたい。
②後味の良い読み心地
ここで意図するミステリ小説の「後味」とは、「真相を理解・納得できるか」と「ストーリー的に救い・希望のあるラストか」である。前者に関してはミステリにおいて、特に今回のように一般的でないルールが登場するものには必須の要素であろう。上手く考えられたプロットであっても読者を置いてけぼりにしてはもったいない。その点この作品は人格が入れ替わるという複雑な状況であるにも関わらず、真相と驚きがスッと入ってくる。この点は西澤氏の構成と文章の巧みさによるものであろう。後者に関しては、必ずしも後味の良いラストでなくとも良いのだが、やはり一般的には救いのあるラストを求めるのではないだろうか。本作では、連続殺人により人々が次々と殺されていくという暗い展開ながらも、エピローグで明らかとなる「人格転移を止める唯一の方法」に救いのようなものが用意されており、読み終わった後味はなかなか良い。スッキリとミステリ小説を読み終わりたい方にはおすすめの作品である。
~最後に~
読書の秋も深まり、読書欲が高まってきた方も多いのではないだろうか。普通のミステリには飽きた方、スッキリした作品を読みたい方は、ぜひ本作を今秋の一冊に加えてみていただきたい。