おもしろいゲーム・推理小説紹介

おもしろいゲーム・推理小説紹介

推理小説、マンガ、ゲームなどの解説・感想

◯初めての方にお勧めの記事!

伴名練著「なめらかな世界と、その敵」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは伴名練著「なめらかな世界と、その敵」である。本作は表題の「なめらかな世界と、その敵」を含む6つの短編から構成されている。話題を呼んだこの本が文庫化され、早速読んでみたのでその感想を述べたいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 



 

 



 

 

 

 

~あらすじ・おもしろいポイント~

 

①なめらかな世界と、その敵

【あらすじ】世界の誰もが、可能性のある平行世界に自由に瞬時に滑らかに行き来することができる「乗覚」を持つ世界。人々は嫌なこと、困ったことが起きれば瞬時に「そうならなかった可能性の平行世界」へと移動でき、嫌なことを回避することができる。そんな世界で主人公は、親友が「乗覚障害」に陥っていると知る。

【所感】物語は当初、「乗覚」について何ら説明の無いまま話が進んでいき、読者は訳が分からず混乱してしまう。その後「乗覚」についての説明が成されるが、真の意味でちゃんと理解できたか怪しい。ともかく、そういった設定の特殊性もさることながら、主人公の親友が、誰もが乗覚を持つ「なめらかな世界」から切り離されてしまったとき、ラストで主人公が取った行動が胸を打つ作品である。

 

ゼロ年代の臨界点

【あらすじ】中在家富江、宮前フジ、小平おとらの3人の明治時代に生きたSF作家を取り上げ、実際の歴史を混ぜつつ、彼女らが時間を行き来して改編していった歴史があたかも現実のように語られる。

【所感】SF小説の歴史に馴染みの無い私からすると、途中まで語られている歴史が現実の物なのか否か分からない。そのくらいうまく架空の歴史が紡ぎ出されている。富江とおとらが時間を行き来することで、未来の技術を盛り込んだSF小説を発表することで歴史を改編していく様は、あたかもその時代に世紀の天才が登場したようだ。物語の最後にはフジがアポロ11号よりも先に日本人として初めて月に降り立ったというユーモアが語られているが、そこ以外は真実と虚構が溶け合って新たな架空の歴史を生んでいる。

 

③美亜羽へ贈る拳銃

【あらすじ】外的処置により、人間の思考や嗜好を改編させることができるようになった世界。その技術を生み出した会社に属する主人公は親族達の権力争いに巻き込まれていた。権力闘争の末、主人公は己が愛してしまった人が真の意味で自分を愛してくれることは無いにもかかわらず、自分に愛を向けてくるという苦難に直面する。

【所感】物語は作中作の作中作のような形で語られる。主人公のライバル会社における頭脳である少女は、権力争いに巻き込まれ両親を失い、主人公やその会社を憎み、遂には自分の頭脳を破壊して主人公を愛するという処置を自分に施して「自殺」する。主人公は実はこの少女を好きになってしまっていたが、自分に向けられた愛が本物では無いと分かっており、なんとか元に戻そうと奔走するが、その過程で少女が自分を愛することは絶対にないと知ってしまう。同一人物でありながら全く異なった思考を持った2人の少女と主人公の間で起こる物語の行方は、最後まで結末が分からずハラハラドキドキさせてくれる。

 

 

ホーリーアイアンメイデン

【あらすじ】腕の中に人を抱くだけでその人の思考を変えることができる少女とその妹の物語。妹からの遺書という形で、妹が姉をどう思っていたのかが語られる。

【所感】前述の通り、複数に分けて姉に贈られた妹の遺書という形で物語が進んでいく。姉の「力」に目をつけた軍部に利用され始めた姉だが、関係者を次々と「改心」させていく姉の力は留まることを知らず、日本だけで無く世界中が姉の「力」によって「改心」させられていく。そんな状況を妹は恐ろしく思いながらも、それを決して姉に悟られまいとしており、最後は姉に一矢報いようとする。妹の遺書の口調は非常に穏やかであるが、読んでいくと妹がどんなに姉のことを恐ろしく思っていたのかが理解できる。たとえ善意の塊であっても、人間の力を超える力は恐ろしい。

 

 

⑤シンギュラリティ・ソヴィエト

【あらすじ】冷戦末期、ソヴィエトでシンギュラリティ(人工知能が人間の知能を超越すること)が起きた世界。ソヴィエトの人々はAIによって統治され、アメリカの人々は別のAIによって仮想現実に閉じこもりつつあった。ある日、主人公はAIに命じられてアメリカのスパイを尋問することになる。

【所感】AIが人類を支配する世界。そういった設定は使い古されているが、本作品はその設定そのものでは無く、そこに生きる人の感情や世界の行く末に焦点を当てているように思う。物語は読者や登場人物の予想を超えて展開していくが、ラストでそれらは全てAIによって「意図されたこと」であり、遠くない未来に人類がお払い箱になるのでは無いかという恐怖を主人公に与える。

 

 

⑥ひかりより速く、ゆるやかに

【あらすじ】ある日、主人公のクラスの修学旅行生などを乗せた新幹線が「超低速化」した。主人公は修学旅行を欠席していたため巻き込まれずに済んだが、否応なしにその後の世間の変化に巻き込まれていく。

【所感】新幹線は2600万分の1の速度まで超低速化して進んでいる。死んだわけではないが外から一切干渉できない新幹線に、遺族や世間は翻弄される。本作はそういった誰のせいでも無い災害が起こった際の世間の対応を冷静に描写すると共に、主人公達残された人々の感情を描いていく。紆余曲折あるが最終的にハッピーエンドで終わる本作品が最後に組み込まれていることで、暗い局面もある他の作品の印象を和らげて読み終えることができた。

 

 

 

 

 

~最後に~

 本作は各話の特殊なSF設定に目が行きがちだが、設定自体は難しい物はあまりなく、むしろその設定に直面した人々の感情の方が複雑で、文章にするのが難しい。本稿で設定を知って興味が湧いた方はぜひ読んでいただき、登場人物達の複雑な感情を感じて欲しい。

 

 

こちらの記事もおすすめ!

ashito.hatenadiary.jp