アンソロジー「神様の罠」感想(ネタバレ含む)
~はじめに~
本日ご紹介するのは、アンソロジー「神様の罠」である。本作は人気ミステリ作家6人による短編集で、どれも短編にもかかわらず惹かれるストーリーと読者をアッと言わせる「罠」が仕組まれている。本日は各短編の概略と魅力を語っていきたい。
以下、ネタバレを含みます。
未読の方はご注意下さい。
~あらすじ・おもしろいポイント~
①夫の余命(乾くるみ著)
ある病院の屋上。病により夫と死に別れることを宣告され嘆く妻。ついには屋上から身を投げた彼女の脳裏に、これまでの出来事が走馬燈になって蘇る。
物語は、現在から過去へと遡っていく。いかにして2人の幸せな生活は奪われていったか。夫がどのように弱っていったのか。それらは、余命宣告をされた夫を妻側から見た視点で描かれる。と思って読んでいった方はまんまと著者の仕掛けた罠にはまったことになる。最後に明かされる夫の余命に、読者はきっと最初から読み返したくなることであろう。
②崖の下(米澤穂信著)
警察に入った通報。それはスキー場のロッジからで、4人の客が行方不明だという。捜索の結果4人中2人が崖の下で見つかった。ただしその内1人は他殺体で。
被害者は刺殺されていた。しかし周囲をどんなに探索しても人を刺殺できるような凶器が見つからない。崖の下に他の二人が降りた様子はない。また、救助された一人は被害者を殺害する動機を持っていたことも明らかになる。しかし凶器が見つからない。犯人は何を凶器に使い、どこへやったのか。あらゆる可能性を考えた先にある意外な凶器をあなたも推理していただきたい。警察の司法解剖結果や捜査結果をよく読めばきっと一つの結論に辿り着くはず。
③投了図(芦沢央著)
ある街の古書店。この街で将棋の棋将戦第5局が行われていた。コロナ禍にもかかわらず多くの関係者が待ちに訪れる。会場のホテルには、多くの人が来ることに反対する張り紙が貼られる嫌がらせが数日前に行われていた。古書店を営む店主の妻はこの嫌がらせの犯人は夫ではないかと疑い始める。
古書店の店主は昔は将棋が大好きであったが、最近はめっきり興味をなくし、今回の棋将戦にも興味を示さなかった。夫が将棋に興味をなくしたのは父親が亡くなった頃からだった。一体何が夫を変えてしまったのか、このコロナ禍ならではの感情の変化を感じていただきたい。
④孤独な容疑者(大山誠一郎著)
ある最愛の人を亡くした男。ご近所付き合いもよい彼だが、実は誰にも知られてはいけない秘密があった。過去に人を殺していたのだ。
同僚に金を借りていた彼だったが、実はその同僚は何人もの同僚に金を少しずつ貸して一気に返済を求めることで同僚を陥れようとしていたのだ。金を返すために同僚の家を訪れた彼だったが、彼が好きな人にこのことをバラすと言われカッとなって同僚を殺害してしまう。被害者に別の同僚の名前を書かせる偽装工作をして逃走した彼だったが、後になって長身の同僚が使う必要もない椅子をキッチンのシンク前に置いていたことが気に掛かった。その時は確認しなかったが、実はシンクの上には借金の借用書などがしまわれており、被害者がそれを取ろうと椅子を持って来たのだった。通常なら長身の被害者は椅子を使う必要はないが、実は彼は直前に腕をケガしており、腕が上がらなかったのだ。このことから、彼が直前にケガしたことを知らない者が犯人だと搾り込められ、容疑者は2人に絞られた。これで犯人はほぼ特定されたかに思われたが、実はこの事件には更に深い闇が眠っているのである。真相を知ったとき、読者はきっと自分が罠の中にいたことを知るだろう。
⑤推理研vsパズル研(有栖川有栖著)
英都大学の推理小説研究会。彼らはある日、同大学のパズル研究会と遭遇する。同じく謎解きを楽しむ両研究会だったが、そこには相容れない違いがあるようで、火花を散らす。そしてパズル研から推理研に挑戦状とも言うべき問題が突きつけられた。ナゾナゾのような不思議な設定下で、論理的に次に何が起こるかを予測するというもので、推理研のメンバーはあれやこれやと議論を交わしていくが、納得のいく解はなかなか出てこない。そこに、名探偵・江神二郎が登場し瞬く間に答えを導き出すのだが、それでは満足しない。このナゾナゾのために創られた不思議な設定が成立しうる現実的な状況を推理してストーリーを創り出そうというのだ。果たして推理研のメンバーはナゾナゾを現実のストーリーに落とし込み、パズル研をアッと言わせることができるのだろうか。
⑥2020年のロマンス詐欺(辻村深月著)
大学生が会社員を暴行したというニュース。コロナ禍のストレスによるものかとも報じられる。一体彼はなぜこんなことをするに至ったのだろうか。
大学生は2020年の春に大学に入学したばかり。しかしコロナ禍で、入学式は中止になり、期待していたような華やかな大学生活とは全く異なる現実にやりきれない気持ちでいた。バイトの面接にも落ち、仕送りも減らされて困っていた彼のもとに地元の幼馴染みからオンラインでできるバイトがあるがやらないかとのラインが入る。軽い気持ちで始めた彼だったが、実はこのバイトは、SNSでメッセージを送り、仲良くなった人に高額の商品を買わせるというロマンス詐欺の一端を担う物だった。止めようと思うも脅されて続けざるを得なくなった彼は、SNSのやり取りをする中で一人の女性と会話を続けていく。仲良くなって商品を買わせるためにメッセージのやり取りを続ける彼だったが、相手の女性が置かれている状況に同情するようになり、ついには彼女を助けたいと思うようになる。そして遂に行動に出た彼だったが、女性の元に駆け付けた彼に衝撃の事実が待っていた。このコロナ禍ならではとも言える登場人物達の心情に感情移入するとなんとも言えない気持ちになる。
~最後に~
本作は、いずれも最後に「罠」ともいえる驚きが待っている短編集である。また、コロナ禍ならではとも言える物語もあり、驚きだけでなく感慨深さも与えてくれる。一つ一つの物語は短くて読みやすいので、ぜひ一度読んでみていただきたい。