おもしろいゲーム・推理小説紹介

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推理小説、マンガ、ゲームなどの解説・感想

◯初めての方にお勧めの記事!

西澤保彦著「人格転移の殺人」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは、西澤保彦著「人格転移の殺人」である。西澤氏と言えばSF的設定を推理小説に持ち込んだSFミステリに定評があるが、本作はその代表作とも言える作品である。本日は、数ある西澤氏のSFミステリの中でも完成度の高い本作の魅力について語っていきたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 



 

人格転移の殺人 (講談社文庫) | 西澤保彦 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

~あらすじ~

アメリカのある街を大地震がおそった。ファストフード店にいた人々が逃げ込んだ先は、アメリカの秘密組織が人格を入れ替える実験を行っている施設だった。人格が入れ替わってしまった彼らは隔離されてしまうが、そこで連続殺人が起こる。このような状況下で殺人を行う動機とは?殺人を行っている犯人(の人格)はだれ?

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①ありえない?いいえここではアリです。

本作最大の魅力はもちろん「人格転移」ルールである。西澤氏お得意の現実にはありえないSF的現象を明確なルールの下ミステリに組み込むというものだ。「人格転移」とは文字通り登場人物の人格(魂?意識?)が入れ代わり、他人の体に他人の人格が宿ると言うものだ。そして本作では、殺人犯が誰の人格なのか(誰の肉体かではなく)を推理するのだ。もちろん何もルールがなく人格転移が起きるのであれば犯人の人格を特定するのはほぼ不可能なのでそこには明確なルールがある。例えば人格転移の順番は施設に入った時の位置から時計回りで、1回につき一つずつスライドすることや、他人の人格が入っているときに殺されるとその人格は消滅し、その後は順番はそのままその死者を飛ばして人格が交代すること、そしてエピローグで明らかになる方法を除いては一度始まった人格転移を止めるすべはないことなどである。これらのルールを基に言動や行動から犯人を見つけ出すのである。ただ、より重要なのは犯人は誰なのかよりも、なぜ犯人はこのような状況下で犯行を行ったのかということであろう。ぜひその点まで考察してから解答編に進んでいただきたい。

 

 

 

②後味の良い読み心地

ここで意図するミステリ小説の「後味」とは、「真相を理解・納得できるか」と「ストーリー的に救い・希望のあるラストか」である。前者に関してはミステリにおいて、特に今回のように一般的でないルールが登場するものには必須の要素であろう。上手く考えられたプロットであっても読者を置いてけぼりにしてはもったいない。その点この作品は人格が入れ替わるという複雑な状況であるにも関わらず、真相と驚きがスッと入ってくる。この点は西澤氏の構成と文章の巧みさによるものであろう。後者に関しては、必ずしも後味の良いラストでなくとも良いのだが、やはり一般的には救いのあるラストを求めるのではないだろうか。本作では、連続殺人により人々が次々と殺されていくという暗い展開ながらも、エピローグで明らかとなる「人格転移を止める唯一の方法」に救いのようなものが用意されており、読み終わった後味はなかなか良い。スッキリとミステリ小説を読み終わりたい方にはおすすめの作品である。

 

 

 

 

 

 

 

~最後に~

読書の秋も深まり、読書欲が高まってきた方も多いのではないだろうか。普通のミステリには飽きた方、スッキリした作品を読みたい方は、ぜひ本作を今秋の一冊に加えてみていただきたい。

 

 

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伊坂幸太郎著「オーデュボンの祈り」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

本日ご紹介するのは、伊坂幸太郎著「オーデュボンの祈り」である。人気作も多い伊坂氏の作品であるが、本作はその始まりとなるデビュー作である。本稿では、デビュー作ではあるが昨今の人気作と同様の魅力ある文章や不思議な世界観の魅力を抱える本作の魅力を語っていきたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

主人公はコンビニ強盗をはたらき逃走中だったが、気が付くと見知らぬ島にいた。島の住人は嘘しか言わない画家殺人を許されている男、さらには人間ですらなく人語を話未来を見ることのできる案山子など奇妙な者ばかり。そして翌日、この案山子がバラバラになって死んでいるのを発見する。主人公は未来を見通せる案山子がなぜ殺されたのかと疑問を持ち調査を始めるのであった。

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①引き込まれる世界観

本作の舞台となる世界(島)は普通の人が思いつかないような設定が盛りだくさんである。あらすじで出てきた嘘しか言わない画家や未来を見通せる案山子はもちろん、地面に耳をつけて自分の心臓の音を聞いている少女や死にゆく人の手を握る仕事をしている女性など、現実ではあまり見かけないような個性を持っていたり過ごし方をしていたりする者ばかりである。こういった奇抜な設定は、読んでいる者を飽きさせないだけでなく、実はこれらの設定一つ一つが案山子の死の謎を解き明かすピースとなっているのである。島民達の奇妙だが定まった個性や習慣が主人公にヒントとなり、主人公や読者を導いていく伊坂氏の緻密な文章には感嘆するしかない。デビュー作からこのような魅力ある世界観・文章を創り出せているのだから、この後の作品が名作の連続となることは想像に難くないだろう。

 

 

 

②案山子の死の真相そして主人公たちの運命

物語の最大の謎「未来を見通せる案山子はなぜ死んだか、誰に殺されたか」は、島民達が抱える様々な事情が絡み合って明らかにされる。主人公は始め島民に聞き込みをするのだが真相は見えてこず、そんな中で更に事件が起きて謎が深まっていく。しかしながら新たに起きた事件をきっかけに主人公は島民達に隠された秘密を理解していき、ついには真相に辿り着くのである。案山子の死には未来が見えるが故の苦悩と後悔が込められており、自分が案山子だったらどうしただろうかと考えさせられてしまう。

また、物語終盤ではコンビニ強盗を犯した主人公を追って、元恋人や悪徳警官までもが島に乗り込んでくる。しかし悪徳警官は運悪く殺しを許された男の裁きを受け、主人公は元恋人と再会を果たす。死者は出ているが恐ろしい感じはなく、ハッピーエンドのようだがどこか悲しいような印象を受ける結末となっている。

 

 

 

 

 

 

~最後に~

本作は美しい緻密な文章で構成されているだけに、あらすじや魅力を短文で語ることは非常に難しいように感じた。本記事では残念ながら本作の魅力を語り切れていないため、ぜひ実際に読んでいただきたい。

 

 

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ashito.hatenadiary.jp

歌野晶午著「長い家の殺人」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

本日ご紹介するのは、歌野晶午著「長い家の殺人」である。本作は歌野氏のデビュー作である。「葉桜の季節に君を想うということ」や「密室殺人ゲーム」など一風変わった設定の作品が有名な歌野氏であるが、本作を含む家シリーズは正当な本格ミステリ作品となっている(他作品が正当でないという意味ではないが)。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

バンドメンバーがライブの練習のために合宿を行うこととした。しかしそこで彼らを待っていたのはメンバーの一人が荷物と共に消え、そして突如死体となって発見されるというものだった。バンドメンバーには死体が現れたときにアリバイがあり外部犯の可能性も出てきたが真相はいかに。

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①大胆なトリック

本作はタイトルにもあるように、鰻の寝床のような長い形をしたペンションで事件が起こるという内容であり、そのトリックにもこのペンションの構造が大きくかかわってくる。謎としては、被害者の荷物が消えて現れた方法、そして荷物と死体が移動したときの容疑者(バンドメンバー)達のアリバイである。長い家という構造がある程度絡んでくることを想像すれば、トリックに気付いた方も多いかもしれないが、中々大胆にして効果的なトリックだったと思う。伏線も適度に張られており、割と読者に良心的な作品と言えるだろう。途中で謎を見抜いてスッキリしたいという方におすすめの作品だ。

 

 

②好き嫌いの分かれる名探偵・信濃譲二

本作をはじめとする家シリーズでは、名探偵として信濃譲二が登場する。この名探偵、推理力は抜群なのだが、なにせ癖が強い。本作以外の家シリーズ作品も読んでいただくと分かるが、倫理感覚が通常の人とは異なっており、犯人を捕まえることにも興味はなく、非合法なこともしている。他の作品で出てくる名探偵のような行動力や正義感、はつらつさはなく、中々に曲者である。読者によって好き嫌いが分かれるであろう彼だが、個人的には嫌いではない。名探偵に必要な抜群の推理力を持っているし、こちらの考察も邪魔しない。最後までスッキリと謎を楽しませてくれるように思われるからだ。物語の謎以上にこの信濃譲二とは何者なのかというところも読者の気になるところであるが、気になる方は他の家シリーズも読んでみると良いかもしれない。

 

 

 

 

 

~最後に~

本作は秀逸なトリックをメインとした作品である。謎やストーリーもシンプルなので、ややこしい作品が苦手な方でも楽しめることだろう。徐々に読書の秋に入りつつある今、ぜひ読んでみていただきたい。

 

 

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法月綸太郎著「生首に聞いてみろ」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

本日ご紹介するのは、法月綸太郎氏著「生首に聞いてみろ」である。本作は第5回本格ミステリ大賞を受賞した法月氏の代表作の一つである。なかなかグロそうなタイトルから手に取るのを躊躇されている方もいるかもしれないが、悩める作家の渾身の一作だけあって素晴らしいできとなっている。本日はその魅力を語っていく。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい

 

 

 

 

 

 

 

                

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

有名な彫刻家が病死し、その作家の遺作となる彫刻が、首が切断された状態で発見された。誰が何のために切断したのか。切断した首に隠された驚きの真相とは。

 

 

 

 

~面白ポイント~

 

①生首に聞かない

本作のタイトルは「生首に聞いてみろ」であるが、実は中盤まで生首は登場しない。代わりに物語の中心となるのは彫刻家の遺作である「母子像」の切断された首である。この切断された彫刻の首にどのような意味があったのか、というのが本作最大の謎である。切断された首は誰の顔をしていたのか、どんな表情をしていたのか、そもそも首がある作品だったのか。様々な意見が出ては覆り、最終的に辿り着いた真相には病死した彫刻家の懺悔とも後悔とも言うべきものが込められている。その真相によって不都合な事実が明らかになってしまう犯人によって首は切断され、さらにはその首を巡って本物の生首さえも登場する悲劇へと発展していく。

 

 

②迷探偵?綸太郎奔走

本作は、主人公として作者と同名の小説家・法月綸太郎が登場するシリーズの一作であり。綸太郎が事件の謎を追って奔走する。最終的には真相を明らかにするのだが、良くある名探偵とは違いスマートに謎を解決していくわけではない。どちらかというと刑事物のように地道な捜査によって得られた証言を基に少しずつ謎に迫っていくのである。読者の中には中々真相が明らかにならずじれったく思う方もいるかもしれないが、ある意味現実味のある探偵像ではないだろうか。事件解決に奔走する綸太郎は、悩める作家とも言われる法月氏小説の中に落とし込んだもののようで、応援してあげたくなる。そんな身近に感じられるような迷探偵と読者の皆さんも一緒になって謎を解き明かしていって頂きたい。

 

 

 

 

 

 

~最後に~

本作は、登場人物も多く(推理小説では普通くらいだが)、真相も非常にこんがらがっているため、スッと理解してどんでん返しびっくりすると言うよりは、思わずため息をついて真相の深さに感嘆するといった作品である。そういった作品が好きな方にはぜひ読んでいただきたい。

 

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東野圭吾著「十字屋敷のピエロ」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

本日ご紹介するのは、東野圭吾著「十字屋敷のピエロ」である。本作は東野氏の推理小説作品の中でも人気が高い作品である。本日はその人気の秘密を語っていきたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

ある十字の形をした屋敷に置かれたピエロ人形。その人形は手に入れた物が必ず不幸になるという曰く付きの者だった。そして彼は見ていた。この屋敷の人々が不幸にも死んでいく様子を。もちろんピエロ人形は喋れないが、読者に見たことを教えることはできる。ピエロの証言から見えてくる事件の真相とは。

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①ピエロ視点の証言

この作品の最たる特徴は、人形であるピエロ視点での目撃証言が所々で挿入されているところである。もちろんピエロは誰の味方でもないので、少なくとも自分が真実と思っていること、見たままのことを話す。登場人物が嘘をつきまくる状況で、ピエロの証言のみが唯一信じられるヒントであり、読者はこのヒントを元に推理していくこととなる。ただしご注意を。ピエロは故意に嘘をつくことはないが、語っているのが事件の真相とは限らない。彼は見たままのことを言うのである。ピエロの勘違いと明らかに怪しい十字の形をしている屋敷により作り出されるトリックが、読者を騙しに来るのでご注意を。ただ、本作の魅力はそのトリックだけではなく・・・。

 

 

②どんどん変わる状況と衝撃の真相

推理小説では、物語が進むにつれて謎が謎を呼び、終盤に掛けてそれらが一気に繋がって真相が明らかになる、という流れを特に本格推理小説では多く見かけるように思う。これにより真相が明らかになったときに爽快感を味わうことができるが、読者によってはじれったく思う方もいるだろう。しかしながら本作では物語の途中で、十字屋敷という特殊な現場とピエロの勘違いにより作り出されたメイントリックが明らかにされるため、飽きることなく読み切ることができるように思う。途中でメイントリックが明らかにされたらそれ以降はつまらなくなるようにも思うがご安心を。この作品最大の魅力は最後の最後に待っている。メイントリックが明らかになったことを皮切りに、見かけ上の犯人が終盤に明らかになっていくのだが、彼女は実行犯とでも言うべきで実は裏で糸を引いている真犯人がいるというどんでん返しが待っているのである。そして、もちろん意外なその真犯人の存在は驚きで、やられたと思ったのだが、更にそれ以上に、その真相を登場人物達は知らず、真犯人の呟きを聞いていたピエロ人形だけがその真相を知っているという設定がなんとも言えず不気味である。この驚きだけでなく妙に背筋が冷たくなるような真相がこの作品が東野氏の推理小説作品の中でも高い人気を誇る要因であろう。

 

 

 

 

~最後に~

本作は、東野作品ということもありミステリ初心者にも読みやすく、また他の推理小説にはない独特な魅力のある作品である。ミステリ初心者の方普通のミステリに飽きた方もどちらもお楽しみいただけるだろう。

 

 

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辻村深月著「冷たい校舎の時は止まる」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

本日ご紹介するのは、辻村深月著「冷たい校舎の時は止まる」である。本作は辻村氏のデビュー作にして2004年にメフィスト賞を受賞した傑作である。本日はその魅力について語りたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                      

 

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

雪の降りしきるある日、いつも通り登校した男女8人。しかし学校に着くと他には誰もおらず、しかも窓や扉が開かず閉じ込められていることが分かる。そしてこの状況は2ヶ月前の学園祭の最終日に自殺した同級生が関係していると考え始めるが、だれもその同級性の顔や名前が思い出せない。誰が自殺したか。ここに閉じ込めたのは誰か。

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①死者が混ざっている?

校舎に閉じ込められた8人。校内を捜索する内に担任の机の上にクラス委員のみんなで取った集合写真を見つける。しかしなぜかその写真を見たときに強烈な違和感を覚える。後で振り返ってみると、集合写真で担任の榊を囲む生徒が7人しかいなかったのである。しかしその写真はクラス委員全員で撮ったはずなのだ。そう、ここにいる8人全員で。一人足りない。そして、ここにいる全員が2ヶ月前の学園祭で自殺した同級生の顔や名前を思い出せないという事実から彼らは、この中の誰かが自殺した当人であり、その人が自分たちをこの世界に閉じ込め、生きていた頃を懐かしむか何らかの恨みを晴らそうとしているのではないかと考える。もちろん自殺した当人の記憶も改変されており、自分が死者であることは認識していない。自分たちの中に死者が混ざっているかもしれないという状況は、殺人犯が混ざっているかもしれないといった設定などよりもよっぽど不気味で、クローズドサークルとなっていることも相まって読者に底知れぬ恐怖を与えていく。ちなみにこの、クラスの中に死者が混ざっているという状況、私は綾辻行人氏の「Another」にすごく似ていると思う。しかも辻村氏は綾辻行人氏の大ファンであり、辻村の辻の字も綾辻氏から取ったものらしい。2人の作家の趣味や考え方が似ているため近い世界観を持つ作品ができあがったのかもしれない。

 

 

②ひとりまたひとりと消えていく

閉じ込められてしばらく、8人には特に何も起こらず、受験前に時間が与えられてラッキーだと感じる者すらいた。しかし、その中の一人が血と石膏の人形を残して消えたのをきっかけに事態は急変する。5時53分で止まっていた時計が動き出し、再び5時53分を指す度に誰かがいなくなるのである。それはこの世界を創った人が8人に復讐しようとしているように思われた。思い出して、自分の罪をと。しかし彼らには心当たりもなく、また自殺したのが誰かも思い出せない。そんな中無慈悲に一人、また一人と消えていくのである。連続殺人小説で被害者が犯人から決して逃れられないように、彼らもこの世界の意思から逃れることは決してできず、消えていってしまう。何も分からないまま消えていく者、立ち向かって消えていく者、自ら選んで消えていく者などその形は様々である。最後に残る者がおそらく学園祭の日に自殺したこの世界にみんなを閉じ込めた者だろうと彼らは考える。最後に残るのは誰か。自殺したのは誰か。予想外の真相が読者を待ち受けている。

 

③衝撃の解決編

本作品では、謎が明らかになる「解決編」の前に、「読者への挑戦状」ならぬ「解答用紙」が突きつけられる。推理小説ファンであればきっとここでいったん止まって、これまでの話を整理したり読み返したりして真相を見抜こうとするだろう。しかし果たしてどれだけの方が本作の真相を見抜いただろうか。私は40%程といったところであった。自殺した人とこの世界に8人を閉じ込めた人が違う人物ではないかというのは序盤にそのように誘導する文章があったので薄々感づいてはいたし、自殺したのは8人の中の誰かではないだろうという事も予想はしていた。そしてこの世界を創り出したのは、8人の中で最も自分を追い込みやすい性格で、ちょっと前まで親友だった者からのいじめに近い仕打ちで重度のうつ病・拒食症に苦しんでいた深月であることもおおよそ想像通りであった。しかし、8人の同級生の中の一人・菅原が担任の榊と同一人物だと誰が予想できたであろうか。菅原の中学時代の回想シーンで出てきた幼い少年・ヒロが8人の内の一人である博嗣であり、その子と一緒に居た幼い女の子・みーちゃんが深月であるなどさっぱり分からなかった。榊のフルネームが菅原榊であると明らかになるシーンは、正に綾辻氏の某作品における「ヴァン・ダインです」に近い衝撃であった。さすがは綾辻氏をリスペクトしている辻村氏である。

 

④深く考えさせられる作品

本作はミステリ小説として秀逸であることはもちろん、人生や人間関係などについても深く考えさせられる作品となっている。登場する8人の高校生は皆県内有数の進学校に通う頭の良い生徒達なのだが、実は皆それぞれに悩みを抱えていた。物語の核となる深月と元親友との確執や家庭の事情、過去の後悔や将来についてなど様々である。それらは学生故の悩みとも言えるし、我々大人にも当てはまるような部分もあり、自分の過去や未来について考えさせられる内容となっている。自分だけでなく、周りの特に悩みや苦悩を抱えていなさそうな人であっても、内面を他人が計り知ることはできず、実はどうしようもないほど深く悩んでいることもあるのかと思うと、私は無力感を感じてしまう。本作を読んでどのような思いを抱かれるかは読者によって様々だろうが、何か心に残る者があるのではないだろうか。

 

 

 

 

~最後に~

本作は恐怖と謎と悲しみに満ちた作品である。真夏にご紹介してしまったが、冬に読んだ方がより楽しめるかもしれない。ご興味のある方はぜひこの冬読む本に加えていただければ幸いである。

 

 

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島田荘司著「魔神の遊戯」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、島田荘司著「魔神の遊戯」である。この作品は御手洗潔シリーズの一作である。数多くある御手洗潔シリーズ作品だが、本作はちょっと毛色が異なり、シリーズファンは驚くことだろう。また、シリーズファンでなくとも十分楽しめる作品となっている。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                                

 

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

ネス湖付近の小さな村で連続バラバラ殺人事件が発生した。その犯行はまさに魔神がやったとしか思えない方法・残忍さであり、普段静かな村は恐怖に包まれる。村に来ていたミタライ教授と現地警察が協力し捜査を開始するが中々犯人は見えてこない。果たして犯人は魔神なのか?それとも・・・。

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①人知を越えた殺人事件

本作に限らず御手洗潔シリーズに広く言える傾向だが、事件の内容がとても人間がやったとは思えないような内容となっている。本作で言えば、絶えず空から鳴り響くおぞましい音や死体がとてつもない力で手足や首を引きちぎられていること、そしてバラバラにされた死体が各所に意味ありげに遺棄されていたことなどから、次第に村人達は獣や魔神のような人知を越えた存在ではないかと思い始める。それに対して御手洗がそれらを可能にするトリックを暴き、犯人を見つけ出すという流れである。こうした人知を越えた現象に合理的な説明をつけるという流れは、同じく御手洗潔シリーズの「アトポス」や「ネジ式ザゼツキー」など多くの作品で見られる。真相が分かってしまえばなんだそんなことかとあっけないものだが、作中の人々の気持ちになると魔神の存在をも信じてしまってもおかしくないと思う。人は恐怖の中では正常な判断ができないと言うことや思い込みや先入観が人を盲目にしてしまうことを実感させてくれる作品である。

 

 

②シリーズファンを欺く真相+α

本作最大のネタバレをすると、実は事件発生当初から現地警察と共に捜査を行っていた「ミタライ教授」は偽物であり、この偽物の「ミタライ教授」こそが犯人なのであった。正直私は途中で「ミタライ教授」が偽物で犯人であろうことには気付いていた。というのも、名探偵が連続殺人を止められないことはお約束ではあるが、あまりにもミタライが後手後手に回っていたためである。名探偵・御手洗は連続殺人を防げないことはあるが何も掴めないまま手をこまねいているほど無能ではないことはシリーズファンであればお分かりになると思うので、比較的多くの方がこの点には気付かれるのではないだろうか。しかしながら、この「偽ミタライ教授が誰なのか」という点はまんまと騙されてしまった。作中に、この殺人が起きている村出身で、被害者達に強い恨みがあり、被害者達を未来で殺したと言う精神疾患患者が登場するのだが、実は彼は犯人ではなく、彼のことを知った御手洗の教授仲間の一人だった。実は彼が犯人であることの手がかりは1ページ目から伏線が張られており、読み終わった後にそれを知るとやられたという気持ちになった。私のように「ミタライ教授」が偽物であることは見破っても、犯人や真相を全て見抜かれた方は少ないのではなかろうか。二重三重に謎を巡らしている点は見事としか言いようが無い。

 

 

 

 

~最後に~

本作は、御手洗潔シリーズの中でも最後の最後まで(本物の)御手洗が登場しないという珍しい作品である。最後まで登場しないだけあってその登場シーンは印象的であり、電光石火で謎を解き明かしていく様はまさに爽快である。ぜひ一度読んでみていただきたい。

 

 

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米澤穂信著「インシテミル」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、米澤穂信著「インシテミル」である。この作品は2010年に藤原竜也綾瀬はるか石原さとみ他豪華キャストにて映画化されたことでも有名であるが、原作小説を読んでいない方もいらっしゃるのではなかろうか。個人的には映画よりも小説の方がおすすめなので、未読の方は例え映画で犯人を知ってしまっていても読んでみていただきたい。本記事がその一助となれば幸いである。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                        

 

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

ある実験に協力することで高額の報酬を得られるという情報に集まった12人の男女。しかしその実験の内容とは、閉ざされた館の中で殺し合う殺人ゲームだった。報酬は時給制で、人を殺せばより多くの報酬をもらえるが犯人だと指摘されると報酬は減額され、また何もしなくとも報酬はもらえる。この条件から殺人を犯す人はいないだろうと思われたが、一人また一人と殺されていく。一体誰がどんな理由で殺人を行っているのか、最後まで生き残るのは誰か、そしてこのふざけたゲーム主催者の意図とは?

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

クローズドサークル

本作は、12人の男女が集められ、脱出不可能な館の中で事件が発生するといういわゆるクローズドサークルに分類される推理小説である。しかしながら雪の山荘のようなクローズドサークルとは違い、12人は偶然幽閉されたわけではなく、殺人ゲームを行うという主催者の明確な意思の元に集められている。故に殺人が起こるのはある意味必須であり、よりサスペンス性の高い作品と言える。参加者が一人また一人と殺されていく恐怖はクローズドサークル特有の物であり、途中で登場する12体のインディアン人形がそれをいっそうかき立てる。映画と小説を比較すると、起こっている出来事はほぼ同じだがスリルは小説の方が断然上であり、この辺りの差は米澤氏の文章力によるものであろう。

 

 

②ラストの怒濤の展開

犯人以外が全滅することも珍しくないクローズドサークルであるが、本作では何人かが生き残り脱出を試みる。犯人はその中にいないと思っている生き残り達だが、当然真犯人がその中に混じっており、最後の最後までハラハラドキドキで目が離せない展開となっている。また、無事に脱出した後も生き残り達には様々な展開が待っており最後まで楽しめる作品となっている。犯人の詳細な動機や背景が最後で全てが明確に明らかにされると思いきや、そうではない本作品は賛否が分かれることが多いが、それは本格推理小説読みの癖であり、小説というものは全てが明確に記述されるわけではなく、読者に委ねる部分があっていいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

~最後に~

本作では、米澤氏特有の一筋縄ではいかない推理小説といった感じが味わえる作品である。クローズドサークルが好きな本格推理小説ファンはもちろん、通常の推理小説はちょっと苦手といった方でも楽しめるというちょっと不思議な読み心地である。この表現が本作品の魅力を十分に伝え切れているかは分からないが、不思議な魅力に満ちた米澤ワールドをぜひ一度体験していただきたい。

 

 

 

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有栖川有栖著「鍵の掛かった男」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、有栖川有栖著「鍵の掛かった男」である。有栖川氏といえば、以前本ブログでもご紹介した、名探偵・江神二郎が活躍する学生アリスシリーズや、映像化もされている名探偵・火村英生が活躍する作家アリスシリーズが有名であるが、本作は後者に当たる。比較的長めの作品であるが、時間をかけてでも読む価値のある作品である。本日はその魅力をご紹介したいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                                    

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

大阪・中之島のホテルに2年近くにわたって長期滞在していた男が首を吊って自殺した。しかし、自殺する動機もなく不審に思った友人から、アリス・火村に調査の依頼があった。多忙によりすぐには動けない火村に代わりアリスが単身乗り込んでで調査を開始する。調査は難航し、男の素性や行動には謎が多く存在していた。多くの謎によって鍵が掛けられたこの男の正体・目的は?そして自殺の真相は?

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①有栖川探偵奔走!

推理小説ではよくあるパターンだが、初めのうちは探偵である火村は登場せず、助手のようなポジションであるアリスが情報収集を行うこととなる。今回アリスは情報を集めるためにかなり積極的に行動しており、その働きぶりは火村も認めている。火村からの指示に従って調査を進めていくのだが、自殺した男の来歴は謎に満ちており、日々の行動からも中々死の真相は見えてこない。そんな中、有栖の地道な捜査が徐々に実を結び、男に何重にも掛けられた鍵を解いていくのである。火村は序盤は電話で調査結果を聞き、安楽椅子探偵として活躍し、アリスに指示を送るのだが、アリスからの情報だけでかなり真相に迫っており、現場に登場後は犯人の動きもあって一気に事件を解決へと導く。このように、物語の終盤まで捜査の主体はアリスであり、探偵/刑事・アリスの活躍を楽しむことができる作品である。

 

 

聖地巡礼

物語の舞台となる大阪・中之島のホテル「銀星ホテル」。実はこのホテル、中之島に実在していたとか。現在、物語の設定の場所には三井ガーデンホテルがあるが、ここに以前銀星ホテルが立っていたのだそう。その他にも作品中には中之島付近の情景が細かく描写されており、実際に作品を読んだ後に中之島を歩くと実に楽しい。ちなみに私は、読んでから行ったのでは無く中之島付近に行ってベンチに座ってこの作品を読んでいたのだが、まるで自分が作品の中に入り込んだような感覚を味わうことができた。こういった感覚になれたのも、有栖川氏の情景描写のうまさ故だろう。本作品に限らず、モデルとなった場所で小説を読むという体験をぜひ他お試し頂きたい。

 

 

 

③真相

本作品は、大がかりなトリックが登場するわけでも猟奇的な殺人鬼が登場するわけでもない。鍵の掛かった男の死の真相は、現場である銀星ホテルのオーナーの実の父親が男であり、男が息子に遺産を残そうとしたのを、男に恨みを持つホテルの常連客が邪魔しようとしていたという、分かってしまえばあっけない物である。しかし、この作品ではこの真相に至るまでの物語が重要であり、ある意味死んだ男の人生を巡る物語と言っても過言ではなく、男の死やその犯人を見つけることはあくまでもその最後のピースでしかないのだ。人生とはこんなにも波瀾万丈であり得るのかと言うことを教えてくれる作品である。

 

 

 

 

~最後に~

本作は、本格推理小説としても優れた作品だが、地道な捜査が実を結ぶ刑事ミステリが好きな方にもお楽しみいただけるだろう。また、大阪・中之島と場所が明確にされており、現実に近い感覚で物語に入り込んでいただけると思う。長編ではあるが、物語に入り込むと一気に読んでしまうような面白さがある作品なので、ぜひ一度読んでみていただきたい。

 

 

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西澤保彦著「神のロジック 人間(ひと)のマジック」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、西澤保彦著「神のロジック 人間(ひと)のマジック」である。西澤氏といえば、以前本ブログでもご紹介したような、現実ではあり得ない現象を設定として持ち込んだSFミステリに定評があるが、本作は現実にはなさそうな独特な設定ではあるがSFとまではいかない内容になっている。SFミステリ以外でも西澤氏の作品は完成度が高く素晴らしいという事をこの作品を読んでいただければお分かりいただけることだろう。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                    

 

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

主人公・僕は、親から引き離され他の者達と共に学校(ファシリティ)で生活をしていた。そこでは普通学校ではやらないような犯人当てクイズなど奇妙な授業が行われていた。なぜ主人公達はここでそんなことをさせられているのか、連れてこられた主人公達には分からない。主人公達は様々な憶測を言い合うが結局真相は分からないまま日々を過ごしていた。そんなある日、新たにやって来た新入生の登場により僕らの平穏な日常は歪んでいく。

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①ユニークな設定

物語の舞台は、親元から引き離された「僕ら」が集められ、日々犯人当てクイズなどをやらされている<学校(ファシリティ)>という特殊な場所。この設定だけでも、なぜ彼らはここに集められてこんなことをさせられているのかとわくわくしてしまう方もいることだろう。主人公達も様々な現状・状況証拠から探偵の育成所であるとかスパイの養成所であるなど様々な推理(憶測)を披露しており、さながらワトソンの見当違いな推理によるミスリードのごとく、読者の想像をかき立てる。もちろんこのユニークな設定には細部まで考えられた合理的な理由があり、それこそがこの作品の核となっているのである。この核については完全なるネタバレであるため間をおいて事項で語る。

 

 

②衝撃の真相

さて、この作品の真相を申し上げると、<学校(ファシリティ)>に集められた「僕ら」は本人立ちは自分が10代の少年少女だと信じているが、実はヨボヨボのおじいちゃんおばあちゃんなのである。それが、本人達の思い込みと施設側の意図、そして西澤氏の巧みな叙述トリックによって隠されているのである。主人公達はある種の健忘症で12,3歳以降の記憶がないおじいさんおばあさんである。この施設の主はそんな人たちを非合法に集めとある実験を行っていたのだ。その実験とは、例えば周りみんなが「ポストは白い」と言えば「ポストは白である」と言うことが客観的事実となり、五感にも影響を与えるかという物である。つまり周りが、「主人公は少年で周りの在校生も少年少女だ」という客観的事実を突きつけ、主人公がそれを受け入れることで主人公には自分や周りが少年少女のように認識させられていたのだ。この客観的事実を創り出すために、施設内には60年前のテレビや車などが置かれて僕らが違和感を覚えないようするなど細工が成されていた。もちろん施設に来た当初は主人公もそれが受け入れられず違和感を感じていたが、客観的事実を受け入れるにつれて違和感は消えていった。それは「在校生達が少年少女である」という間違った客観的事実を受け入れ、「僕ら」が全員少年少女だという「ファンタジーが成立する共同錯誤現象の中に入っていったからである。しかしそこに、その客観的事実を受け入れられない新入生がやって来たために、「ファンタジー」を愛し守ろうとする一人に殺されてしまったのである。

僕らが少年少女である、という事実を知った後で読み返すと、食事が塩分控えめで軟らかい流動食のような物ばかりであることや、買ったはずのお菓子がいつの間にか回収されていたこと、窓を飛び越えて外に出ようとしたときに躊躇してしまったことなど様々な伏線が張られていたことに気付く。物語の最後にそれらが明らかにされるので、その後もう一度読み返してみるのも面白いかもしれない。

 

  

 

~最後に~

本作は、比較的短く一気読みしやすい作品だろう。一気に読んだ方がミスリードに引っかかりやすく、また前のシーンでの出来事も覚えているためよりラストの驚きを強く味わえることだろう。ぜひ時間を取って一気に読んでみていただきたい。

 

 

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島田荘司著「星籠の海」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、島田荘司著「星籠の海」である。名探偵・御手洗潔が登場するシリーズの一作で、美しい瀬戸内海を舞台としている。玉木宏主演で2016年に映画化もされた名作である。本日はその魅力について語っていく。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                                

 

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

瀬戸内海の海岸に死体が流れ着くという事件が相次いだ。相談を受けた名探偵・御手洗潔は助手の石岡くんと共に捜査を開始する。死体は一体どこから流れてきているのか。目的・原因は何か。瀬戸内海という特殊な環境・昔から軍港として栄える港街・そして御手洗の華麗なる推理が混ざり合い、事件は複雑だが幻想的に展開していく。

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①歴史ミステリー

物語の始まりは、瀬戸内海の島々に死体が流れるつくという事件なのだが、進んで行くにつれて物語は思いもよらない方向に展開していく。死体はすべて瀬戸内海の特殊な海流によって広島県福山市鞆の浦から流されていることが明らかとなる。そこでは一見何の繋がりもない様々な事件が起こっており、最終的にはそれらが御手洗の華麗な推理により一本に繋がっていく。軍港として栄えた鞆の浦について調べていく中で、織田信長鉄甲船を沈めた「星籠(せいろ)」というものが登場する。登場した時点ではこれが何でどうストーリーに絡んでくるのか全く分からないのだが、タイトルにも入っている以上関係しないわけがない。この「星籠」が実際に何かと言うことは明らかになっていない歴史の謎であるが、物語の中では御手洗が「あり得た可能性」を見出し、それが事件に大きく関わっていくのである。この展開は同じく島田先生の作品である「ロシア幽霊軍艦事件」に近い。「星籠」の正体は終盤まで明らかにならず、それ自体は推理に必須ではないのだが、終盤にその正体が明らかになることで物語が一気に幻想的なものとなるのである。歴史上の謎とミステリの融合をお楽しみあれ。

 

 

鞆の浦の美しい街

物語の舞台となる鞆の浦は「崖の上のポニョ」の舞台にもなったことで有名な港街である。街には昔からの建物が数多く残っており美しい町並みを楽しむことができる。小説中の描写や映画のシーンで描かれる美しい鞆の浦の街は、そこで起こっている重く暗い事件とは対照的であり、事件の重苦しい雰囲気をより引き出している。実際小説を読んで気になったため以前鞆の浦に旅行に行ったことがあるが、予想以上に綺麗な町並みで、天気さえよければもう何日か逗留したいと思ったほど、鞆の浦は非常に素晴らしい街であった。小説や映画を御覧になって興味が湧いた方はぜひ一度鞆の浦を訪ねてみていただきたい。

 

  

 

~最後に~

本作は、御手洗潔シリーズの中でも屈指の複雑さを持つ事件である。細かい事件が数多く複雑にからみあっており、真相が明らかになった後で読み返さないとよく分からないほどで、読者によって評価は分かれるかもしれない。本格ミステリとしてというよりは歴史小説として読むと、ロマンティックで楽しめると思う。複雑なためため映画にするとどうしてもスッキリしない印象になってしまうように思うので、お時間のある方はぜひ小説の方でお楽しみ頂きたい。

 

 

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綾辻行人著「どんどん橋、落ちた」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、綾辻行人著「どんどん橋、落ちた」である。綾辻先生と言えば「館シリーズ」や「囁きシリーズ」が有名だが、本作はこれらのシリーズのように重厚なストーリーではなく、気軽に楽しみながら読める短編集となっている。推理小説は読みにくくて苦手という方にもナゾナゾ本感覚で読んでいただけるので、この記事を読んで興味が湧いた方はぜひ読んでいただきたい。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                          

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

「どんどん橋、落ちた」

年末の忙しい時期に作家・綾辻を訪ねてきた青年U。見覚えはあるのだが誰なのかは思い出せないが、懐かしい感じを覚えた綾辻は彼を招きいれた。そして彼が持って来たミステリ小説を読んであげることに。軽い気持ちで読み始めたが、意外に難しいミステリに苦戦を強いられる。答えは予想外の所にあって・・・。他4作

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①なぞなぞ?ミステリ?

始めに述べたとおり、この短編集にまとめられた作品はギリギリミステリと言えるが、胸を張ってミステリだとは言えない少々ひねくれたものばかりで、感覚としてはなぞなぞに近いかもしれない。ミステリファンにとっては少々アンフェアだと思うところもあるかもしれないが、読み物としては非常に楽しい。例えば第4作品目の「伊園家の崩壊」は某国民的アニメのパロディとなっており、あの団らん家族にあるまじきドロドロの展開へともつれ込む。知らなければただの軽めのミステリだが、パロディだと言うことを知っていれば一気に面白い読み物へと変化する。その他の作品も、通常のミステリとは一味違った展開・真相が待っており、綾辻先生の遊び心が感じられる作品となっている。

 

②裏事情を知っていれば面白さ倍増

前述の「伊園家の崩壊」もそうだが、この短編集の作品にはただ読んだだけでは知ることができない、裏事情やパロディが多くちりばめられている。私も初めて読んだ当初は知らなかったが、最初に登場するU君の正体や登場人物の名前の由来など、後で調べて分かると思わずクスッと笑ってしまう設定が随所にある。一通り読んだ後は、それらを調べて知った上でもう一度読んでみると面白いかもしれない。

 

 

③先入観の認識、綾辻先生の罠

ミステリでは定番だが、本作品では人の先入観を逆手に取り読者を騙しに来る。この手法は綾辻先生の得意とするところだが、この作品では特にその傾向が強い。自分が普段いかに先入観で物事を判断しているのか思い知らされることだろう。また、読み進めていくと今度こそ騙されないぞと構えて読むのだが、そこは流石綾辻先生。見事に読者の慣れまで想定してを張り、読者の予想を裏切ってくれる。あなたもぜひ騙される気持ちよさを体験してみて欲しい。

 

 

 

 

 

 

~最後に~

本作は綾辻先生の遊び心が形となった作品と言える。読まれる方もぜひ、遊び感覚で読んでみていただきたい。はじめに書いた通り、普段ミステリを読まれない方にもおすすめで、短編集なのでスキマ時間で読むこともできるため、お気軽にお楽しみいただきたい。

 

 

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山口雅也著「生ける屍の死」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、山口雅也著「生ける屍の死」である。本作品は山口氏のデビュー作にして代表作の一つである。30年以上前の作品でありながら、未だに多くの推理小説ランキングで上位に上げられる人気作である。本日はその人気の秘密をご紹介したいと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                  

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

1900年代末、アメリカの片田舎で死者が蘇ったという目撃情報が相次ぐ。そんな時、主人公は遺産相続争いが起こっている大規模霊園に呼ばれた主人公は何者かに毒殺されてしまった。しかし、蘇り現象により生ける屍となった主人公は、腐敗する身体をエンバーミングにより隠し、真相の究明へと乗り出す。死者が蘇る異常な世界で、殺人事件と推理はどのように展開するのか?そのような状況で殺人を犯す理由とは?

 

 

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①非現実的設定の極致

推理小説に、非現実的な設定を持ち込むことはよく見られる。瞬間移動ができたり、タイムリープできたりと様々だが、本作品ではタイトルの通り死者が蘇るのである。殺人犯を推理する推理小説において、死者が蘇るというのは反則的設定で、非現実的設定の極致と言えるだろう。なぜなら死者が蘇るのならば、死者が犯人を指摘することができるからである。しかしそこはうまくできており、本作品では毒殺など被害者が犯人が分からないような形で殺されているため、推理小説として成立するのである。もちろんこの死者が蘇るという設定は、ただのきてれつ設定と言うだけで無く、本作のストーリーの核となる重要な要素となっている。

 

②誰が死者で誰が生者か

この小説のにおけるストーリーの肝は、ある時点において誰が死者で誰が生者か、つまり誰がいつどのような順番で死んだのかと言うことである。主人公が死後エンバーミングを施して犯人の探索を続けているように、他の登場人物も実は死んでいるにもかかわらず生きている様に振る舞っていたりする。もちろんそうするのにはそれぞれ明確な理由があり、その理由を推理するのもこの小説の重要な部分である。全てが明らかになった後にもう一度読み直すと「なるほどなー」と理解が深まるため、長編小説ではあるが頑張って2度読みしてみていただきたい。

 

 

③死とは何なのか

 本作品中では、前述の通り死者が蘇るという設定になっているが、それは決して死が軽いものだと言うことでは無い。物語を読み進めていくと分かるが、本作品では犯行の背景・動機を紐解いていくと死の定義、死とは何なのかを改めて考えさせられる内容となっている。動機や犯人の推理を楽しめるのと同時に死について考える機会を与えてくれる貴重な作品だ。

 

 

 

 

 

 

~最後に~

本作は「生ける屍の死」という非常に内容が気になるタイトルとなっており、思わず手に取ってしまう方もいるだろう。ただ、中々に長編なので躊躇される方もいらっしゃるかもしれない。だが、時間を費やして読む価値は十分にある作品だと思うので、時間をつくってぜひ読んでみていただきたい。

 

 

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貴志祐介 著「クリムゾンの迷宮」感想(ネタバレ注意)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、貴志祐介著「クリムゾンの迷宮」である。「悪の教典」で有名な貴志氏。本作品も、ホラーサスペンスサバイバルの三つの要素から構成されている作品であり、貴志氏の本領が十分に発揮された作品である。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                          

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

赤い火星を彷彿とされる大地で目覚めた主人公。なぜここにいるのかは思い出せない。手元にあった携帯ゲーム機には、主人公がサバイバルゲームに強制参加させられたこと、そして「サバイバル用品」「武器」「食料」「情報」の4つのいずれかを手に入れるためのルートが示されていた。4つの内どれを選択するのが正解なのか?このゲームを仕組んだ者の真意とは?不安と謎に包まれた命をかけたサバイバルゲームが始まる。

 

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①ハラハラドキドキデスゲーム

 

 このゲームの参加者達は別に対立しているわけではなく、無理矢理参加させられただけなので本来殺し合いのデスゲームにはなり得ません。しかしゲーム中には主催者による様々な罠が仕掛けられており、参加者達は争っていくことになる。その最たる者が「食人鬼」である。ゲーム中で選択する4つのルート「サバイバル用品」「武器」「食料」「情報」の中から「食料」を選び手に入れた食料を手に入れると、食料に仕込まれた薬品の作用により食欲が抑えられない食人鬼となってしまうのだ。この仕掛けにより2人の食人鬼が発生し、参加者達を次々に食い殺していく。食人鬼の存在がこのサバイバルゲームの恐怖を極限まで高め、物語の重要な局面を引き起こすことで、ストーリーにメリハリが付き、物語の起承転結を見事に表現している。

 

ゲームブック

ゲームブックとは、本でゲームを楽しむ物で、読み進めていく中で現れた選択肢によって読むページが変わり、結末が変化するという物で、物語中主人公はこのデスゲームをゲームブックに例えている。選択肢は、前述の通り「サバイバル用品」「武器」「食料」「情報」の4つであり、参加者はこの中から一つを選び進まなければならない。4つのいずれもサバイバルには必要そうな物であるが、前述の通り「食料」は食人鬼化を引き起こすハズレの選択肢であり、参加者達は正に命をかけてゲームブックを実体験していくこととなる。この小説自体がゲームブックであり、正しい選択肢を選んだ場合の物語とも言えるかもしれない。

 

 

③曖昧な結末

物語中、主人公はある女性と恋仲になり、共に行動しゲームクリアを目指すこととなる。逃走の中で彼女の生死は分からなくなる。ゲームをクリアし、日本に戻ってきた主人公だが、実は彼女はこのゲームの主催者側ではないかと疑う。このデスゲームの様子を主催者側は記録する必要があるし、アクシデントの場合の調整役が現地にいるはずであり、確実に死亡を確認したり、食人鬼化していない者は彼女しかあり得ないのである。片眼が義眼でありそこにカメラが仕込まれていたのでは?などの考えがよぎるが、結局真相は明らかにされない。一部の読者はこの結末に対して、はっきりしない曖昧な結末だと悪い評価を下すが、私としては全てを明らかにせず読者の想像に委ねるという展開は嫌いではない。もちろん推理小説であれば、トリックや犯人を明らかにする推理に関しては淀みなくはっきりしている必要があるが、犯人の心情であったり、動機の部分はある程度曖昧にしても良いと思う。読者の好み次第だが、想像力を豊かにして楽しんでいただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

~最後に~

本作品は、ホラー系の作品であるにもかかわらず、非常に読みやすく先が気になり読む手が止まらない系の作品でもある。物語自体も無駄に長くなっておらずコンパクトなものとなっているため、普段あまりホラーやサスペンス小説を読まない方もお気軽に読んでいただける作品となっていると思う。

 

 

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東野圭吾著「パラドクス13」感想(ネタバレ含む)

~はじめに~

 本日ご紹介するのは、東野圭吾著「パラドクス13」である。これまでご紹介してきた推理小説ではなく、SFサスペンスとでも言うべきジャンルではあるが、非常に読み応えがあり、推理小説ファンだがあまりサスペンス系は読まない私でも楽しむことができた作品なのでご紹介しようと思う。もちろん、東野氏の推理小説は素晴らしい作品ばかりであるし、推理小説ファン以外も読みやすい文章やストーリーとなっており私も好きな作品が多いのだが、他の記事で紹介されていることも多いのであえてそこは避けようと思う。

 

以下、ネタバレを含みます。

未読の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                    

 

 

 

 

 

 

 

 

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~あらすじ~

ある日、13時13分13秒。街から人がいなくなった。警察官である主人公は犯人と戦っていたが、突如犯人がいなくなり乗っていった車が無人で暴走・激突した。街に出てみても周りに人は見当たらなかった。その後、街を探し回って見つかったのは赤ん坊から年寄りまで老若男女の13人。彼らは知ることは無いが、実はブラックホールの影響で時空が歪み元いた世界とは異なる世界に跳ばされたのだ。なぜ彼ら13人なのか。この世界は何なのか。彼らはこの世界でどう行動するのか。崩壊して行くこの世界で13人の物語が始まる。

 

 

 

~おもしろいポイント~

 

①常識が通用しない世界で人はどう行動するのか

この小説の舞台は、彼らが元いた世界とは異なる世界。13人が世界であり全てなのだ。元の世界の常識や倫理観はこの世界では同じとは限らない。状況によっては殺人さえもこの世界では絶対悪とは限らないのだ。法律という秩序や正解がなくなった世界で人々は自分で考え、判断していかなければならない。13人の中には、自分で意思表示できない赤ん坊もいれば、警察官である主人公、ヤクザまで混ざっている。そんな13人が共に生きていくことは難しいように思えるが、協力しなければ生きていくことはできない。もちろん様々な問題が発生し、ぶつかり合うこととなるのだが、正解のないこの世界では誰が正しいとも言えない(普通の世界にいる読者からすればこれはダメだと思ってしまうことでも正しいとは限らない)。無秩序な世界で、しかも非常事態の状況下で、彼らがどのように行動するのかぜひ注目していただきたい。

 

②この世界は何なのか

13人以外に周りに人がいなくなった世界。なぜ13人だけがこの世界に取り残されたのか、どうすれば元の世界に戻れるのかという謎が、最後まで主人公達を悩ませる。物語終盤で、この13人はブラックホールの影響で13秒間の時間跳躍が起きた「P-13現象」の13秒の間に命を落とした人々だと言うことが明らかになる(読者には冒頭でそのことがほのめかされている)。この世界は13秒間の間に死んでしまい、時間跳躍後の世界に存在しなくなってしまったことによるパラドクスにより形成された世界だったのだ。世界はこのパラドクスを解消するために13人を消し去ろうとしているのかもしれないと、主人公達は考えるようになり、絶望しながらも生き残り元の世界に戻る方法を探る。戻る方法が分からない中で、元の世界に戻ることを諦めてこの世界で暮らしていくことを決意したり、もう一度死ねば戻れるのではないかなど様々なことを考え、決断していく。何が正解なのか最後の最後まで分からない展開に注目していただきたい。

 

東野圭吾氏の文章力

この小説に限った話ではないが、東野氏の小説は普段小説を読み慣れていない人でもすんなりと読める読みやすい文章に定評がある。この作品も、世界が崩壊していく中で様々な問題や悲しみが主人公達を待ち受けるという重たい内容であるにもかかわらず、読み出したら作が気になって読む手が止められない面白さと読みやすさがある。中々分厚い本であるので一気読みは大変かもしれないが、なるべく長く時間が取れるときに読み始めていただき、どっぷりと東野ワールドに浸っていただきたい。

 

 

 

 

 

 

~最後に~

小説を読む方であれば一度は東野圭吾氏の作品を読んだことがある方は多いと思うが、この作品は他の東野氏の作品とはやや趣が異なるので読んだことがない方もいるのではないだろうか。自分が主人公達の立場だったらどう考え、どう行動するだろうかとぜひ想像しながら読んでみていただきたい。

 

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